「卓球を通じて人生を豊かに」Tリーグチェアマンの松下浩二さんに、Tリーグへの考えをお聞きしました。
GUEST:松下浩二
元プロ卓球選手で、言わずと知れた日本卓球界のレジェンド。愛知県豊橋市出身。カット主戦型。ITTF世界ランキング最高位は17位。段級位は6段。現役引退後は卓球用品総合メーカー「VICTAS」の社長、会長等を経て、現在はTリーグ(https://tleague.jp/)チェアマン。
日本の卓球界をけん引してきた松下浩二さん。現在はTリーグのチェアマンを務め、競技普及と強化に力を注いでいらっしゃいます。
今回は、日本の卓球界やTリーグについてお話をお聞きしました。
※本記事はnote移行前の旧SPODGEで2019年11月22日に掲載した記事になります。
現在の卓球界について
―五輪などで卓球を観る多くの一般人が抱く疑問だと思いますが、なぜ中国はあんなにも卓球が強いのでしょうか。
中国は、国を挙げて強くなる仕組みが出来上がっているからだと思います。
1950年代に卓球界へ進出した中国は、60年代で初めて世界チャンピオンが誕生します。そこから半世紀の間、トップに君臨し続け、世界チャンピオンを100人以上輩出しているんですよ。
中国は220個の育成機関があり、今では、1億人いる卓球人口の中から優秀な選手がでてきます。
卓球は身体的よりも技術的なウエイト大きいスポーツで、時には、子どもが大人に勝つスポーツなんです。技術を教える環境が整っていれば、そこそこの期間続けていれば(身体能力が)普通の子でもチャンピオンになれる。そういう仕組みが出来上がっているので、次から次へと優秀な選手が現れてくるのが中国の現状です。
実際に、世界ランキングを見ても男子は1~4位、女子は1~6位が中国の選手です。もっと優秀な選手が出てくれば1~8位まで中国になってしまう可能性もあるくらいです。
さらに、1999年にはプロリーグを立ち上げて、「中国のため」、「富と名声を得ることができる」というモチベーションを与え、国内での競争力を高めていこうという働きがありました。
中国のトッププレーヤーは、ラケット1本で14~15億円くらい稼ぐことが出来る夢があるんです。
だから、卓球は国技であり「卓球だけは負けられない」というプライドを強く持っているんです。
―ある意味「国策」ですね。では、日本の卓球界はいかがでしょうか。
日本の卓球は、1979年に小野誠治さんがシングルスの世界チャンピオンになってから久しいです。日本はもっとメダルを取る事ができると思っています。
今までの日本の場合、親がちゃぶ台を卓球台に変えて、血眼になって育てた子が強くなっている環境でしたが、これは一過性のもので、教育熱心な親たちがいなくなると日本の卓球が弱くなります。
現在は、日本に一つしかない『エリートアカデミー』という育成機関で、張本選手や平野選手が所属し、育って行きました。
日本選手が中国の選手に勝ちますが、あれはものすごいことなんですよ。個人が組織に対抗して、勝利しているわけですから。
―幼少期の福原愛選手のような教育が印象的ですが、教育熱心の親がいないと弱くなるのは仕組み化されていないからですか?
その通りです。2004年に福原愛選手がオリンピックに出場しましたよね。
それを見ていた、当時3~4歳だった伊藤選手や平野選手、早田選手が、今の黄金世代なんですよ。親が「愛ちゃんみたいにさせたい」と思って卓球をやらせた。
福原選手のような「鍵」となる活躍している人を目指してきたというのが、今の日本卓球界です。
男子の場合、水谷選手が14歳のときにドイツで6年間強化して、メダルを獲得しました。彼は目標とする国内の選手がいないにもかかわらず、結果を残しました。彼のものすごい努力がカタチになった。
―活躍している選手を見て、6,7年後に新しい世代が出てくることはどのスポーツにおいてもあることだと思います。
そうですよね。目指すべき人間がいることで、競技力も上がっていきますから。
Tリーグ発足のきっかけ
―これまでのお話を聞くと、新たな卓球リーグであるTリーグの発足は、中国におけるそれが大きく影響していると思います。
そうですね。中国に勝つために、3~5歳の子を組織的に育てていく仕組みが必要ということでTリーグを発足しました。
1950~70年後半は「卓球=日本」と呼ばれ、私たちの先輩が金メダルを何個も取っていた時代がありました。選手を成長させる環境を組織的に作ることで、選手同士が切磋琢磨し合いますから。
―選手同士の交流を図ることで、お互いが成長し合う環境をつくるということですね。
そうですね。今までは、日本ではプロ卓球選手として生計を立てていく事はできず、海外へ行ってしまう選手が多くいました。そういう選手に対し、ラケット1つで生活できる環境を作り、海外から選手を呼び寄せて交流し、強化を図る。ですから、若い選手にとってTリーグは強化という意味ですごく良い環境なんですよ。
―中国との差を埋めるために、Tリーグが担う役割は「育成の仕組み作り」でしょうか?
その通りです。そして、選手自身が厳しい環境に身を置かないと強くなることは難しいんじゃないかなと考えています。負けても生活が出来るという気持ちだと成長は難しいと思うんですよね。
―以前、松下さんも自らの退路を断って活動されていたと思います。中国の影響が大きいと感じたからでしょうか?
そうですね。なぜなら中国の選手は命をかけてやっている訳ですから。それに対して、「別に勝っても負けても俺らの生活変わらないし」「死にゃしないし」みたいな考えだと「ここぞ!」というときに逃げてしまう。自分が逃げられないような環境を与えることが必要だと思うんですよね。
企業における仕事もそうじゃないですか。「これをやらなければ、自分の未来が危ない」となればそれなりにやると思うんですよ。そういった環境を日本卓球界で作らないと中国に勝つことは難しいですよね。
競技人口拡大に対するTリーグの構想
―継続的にトッププレイヤーを生み出せる卓球の強豪国を目指すとなると、ひとつ、母集団としての「競技人口」がキーポイントになると思いますが、Tリーグとして競技人口拡大のためにどんな構想を考えていますか?
まず、日本の卓球における競技人口は800万人と言われていて、これは、「1年に数回卓球を行う人」という定義でだいたい800万人なんですよ。スポーツのなかでは非常に多く、キャッチボールよりも多い数字です。
その中でも、競技者として取り組んでいる選手が日本卓球協会の中に36万人いますが、中体連に所属をしている中学生は26万人ですが、日本卓球協会に所属をしている選手は17万人しかいません。なぜかというと、多くの子が中学校から卓球を始めますが、競技者を目指してないということで登録をしません。あとはレディースの方々や高齢者のほとんどが日本卓球協会に登録していません。
―そういった背景があることは知りませんでした。
ただ実は、毎年1万人ずつ増えていってるんですよね。
今の子どもたちや親御さんたちが、コンタクトスポーツなど、怪我をするものはさせたくないという方が増えているんですが、卓球は怪我が少ないので小学生、中学生の卓球人口は増えているんです。
―逆のイメージをもっていました。少子高齢化の影響もあり、高齢者の方が楽しめるから、高齢者の人口が増えているものだと・・・。
昔、卓球をしていた人が戻ってきて登録してくれるというケースもあります。
なので、1度は卓球を経験してもらうことが大切だと思っています。
企業スポンサーを集める際も、同じスポーツ経験者の方が話を聞いてくれるでしょ?(笑)1度経験した人が、偉くなってスポンサーなど、選手とは違う形で支援してもらえれるなら、回りまわって競技人口が増えるかもしれませんから。
―なるほど。これからTリーグが向かう方向性として、「仕組み作り」、「競技人口」以外にもう1つ挙げることはありますか?
理念に沿った運営をしていく事が重要だと考えています。
1つは「世界No. 1の卓球リーグの実現」です。これは、卓球人口を増やして、プロのチームを作って、24時間365日卓球ができるような環境と、強くなれるような仕組みを作っていかなければいけないということです。
2つ目は「卓球を通じて人生を豊かにする」ことです。私はこれがポイントだと思っています。Tリーグを通じて、子どもたちに夢と目標を与えていきたいんです。プロ卓球選手として活躍し、生活を豊かしたり、オリンピックで金メダルを取るなど。
あとは、みんなが卓球を介して、コミュニケーションが取れる環境をつくることも大切です。日本には1,700の市町村群があり、すべての地域にTリーグを作りたいと考えています。そうすれば、地域の体育館や公民館にラケットを持っていけば卓球ができますから、健康増進して医療費の削減と、地域の活性化をして日本の発展に寄与していこうというのが大きな目標であります。
―ケガは少ない。誰でも出来るスポーツの卓球だからこそ、健康増進に寄与できますね!
最近、介護施設やリハビリ施設には卓球台が少しずつ増えています。それらと合わせて進めているのが、「卓球をやると認知症の予防と改善に繋がる」という科学的なエビデンスを得ようと活動しています。結果として証明されれば、健康増進はもちろん卓球の普及につながりますから。こういったことを卓球の強みとして、この日本社会に貢献していき、卓球のビジネス価値を高めていければと思っています。
―一方でプロ卓球選手として、生計を立てている人はどれほどいらっしゃるんですか?
今、80人くらいの選手がいて、選択肢がプロ・実業団。その後はバリバリ働きます。という考えを持っています。
選手のうちはとにかく卓球に打ち込みたいという卓球中心の選手がほとんど。良くも悪くも、卓球をやっていれば食べていける環境になりました。
卓球のみで生計を立てる事ができない選手は『日本実業団リーグ』で午前中仕事して午後から練習という「デュアルキャリア」として活動をしています。
―他のスポーツ実業団もありますが、同じ経緯をたどっている気がします。
ハンドボールやバドミントンは実業団しかないから選択肢がそれしかない。こういった競技でもプロができれば選択肢ができて、自分の人生をスポーツに懸けることができるんじゃないかなと思います。
「ビジネス」という側面から見た卓球
―Tリーグをビジネスとして成立させていくためにどういうことが必要だと思いますか?
リーグとしては、まずは放映権の整理と、そこに対してスポンサーを集めることが本当に重要だと考えています。Tリーグは、JリーグやBリーグと何が違うかというとリーグ発足までの「前身団体」による「積み上げ期間」がないんです。2017年の3月に一般社団法人Tリーグを立ち上げ、2年が経ちました。ファーストシーズン開幕まで1年6か月で7チーム(現8チーム)を短期間で作りました。
JリーグやBリーグは、実業団チーム・クラブ・リーグの2部、3部など、カテゴリーや経験を段階的に積み上げてきた上で、目指すべき収益や観客数を決めています。さらに、上のカテゴリーを目指す場合、スポンサーを増やしたり、優秀な選手を獲得したりと活動していきますよね。Tリーグの場合は、段階的な積み上げがないまま、トップリーグを運営しなければいけない。運営にも2~3億円がかかるんです。
ファンやスポンサーも積み上げていますが、初年度から黒字が出るようなスキームではなくて、5年をかけてリーグを強固にしていきましょうという動きをしています。
今は各チームも頑張りどころです。
アジアのチャンピオンズリーグを5年後に、ワールドリーグを10年後くらいに作って、卓球をアジア発信の世界的スポーツにしようよと韓国、中国と一緒に話しています。
―卓球界の今後を考えると、企業にとって卓球界に参入するメリットは大きいと感じています。Tリーグに参入するための要件はどういったものがありますか?
基本的に、参入要項をクリアしていれば、個人・企業問わず入ることができますよ。参入している企業や個人も様々な形で参入していますから。
わたしたちも、もっと頑張ってご支援いただける方を増やして、夢やチャンスが広がっているリーグにしていきたいなと思っています。様々な環境下にある恵まれない子どもたちにチャンスを与えて、ラケット1本でのし上がっていくような、シンデレラストーリーを見せて行きたいですね。
―夢がありますね。
世界に誇れるようなものを示して、日本の人たちに元気を与えるようなリーグにしていきたいです。
―今後、卓球やTリーグの価値を上げることが重要だと思いますが、価値を上げるためにどのような活動を考えていらっしゃいますか?
おっしゃる通り価値を上げることは非常に重要だと考えています。価値を上げる方法として、有名な選手がいること、その競技が強いこと、地域との密着など上げる事ができると思いますが、中でも地域との密着に注目しています。
野球、サッカー、バスケ、のように地域が連想されることで、自然と応援する文化ができていますよね。
先日のラグビーでもそうですが、いろいろな国籍の人がいますけど、みんな「日本」だから応戦しますよね。
Tリーグも、「A対Bが試合している中で、日本人が1人出場していればいい」というルールなんですよね。世界レベルの強さを担保するために強い選手を優先的に出すという目的があります。
ただ、実際はいろいろな意見があって、「そんな海外の人が多いチームなんか応援しないよ」と言われることがありますが、重要なのは地域の人たちがどう感じるのかですよね。
僕がドイツで経験したのは、出場選手全員が中国人の帰化選手だったチームがありました。もちろん、強かったです。印象的だったのが、そこの地域に住んでいるドイツ人は彼らを応援するんですよ。
日本でも「外国籍選手が多い」など気にする方もいらっしゃいますが、結局はどの選手でも「地域」を代表するチームを応援してくれるんじゃないかと思うんです。これからは、どんどん地域に紐づけてファンを増やしていきたいですね。
Tリーグの見どころ
―最後に、Tリーグの見どころを教えてください!
お客様と選手の距離が近いところです。
競技領域までの距離が1m~2mなんで、迫力あるプレーを間近で観ることができることができます。
また、優秀な選手を集めているので、世界レベルの試合を見ることができます。展開の速さ、ボールの変化など、卓球の特性や醍醐味を近くで見れることができるTリーグの魅力です。
ぜひ、会場へ足を運んでいただければと思います!
―松下さん、本日はありがとうございました!今後、Tリーグに注目です!