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社会に貢献するために、スポーツから得た学びを変換する ~岡山理科大学 副学長 秦 敬治~


GUEST:秦 敬治(はた けいじ)

岡山理科大学 副学長・教授。スポーツ:サッカー
教育学(博士)。専門は教育学、高等教育経営や大学職員論、人材育成、組織マネージメント、コーチング、リーダーシップなどが中心。大学卒業後、西南学院大学で大学職員として勤務した後、愛媛大学助教授として大学教員に転身。追手門学院大学副学長等を経て現職。経営者等を中心とした勉強会「志秦塾」塾長、一般社団法人大学改新機構代表理事、NPO法人西南フットボールクラブ理事長。

※本記事はnote移行前の旧SPODGEから2021年8月5日に掲載した記事になります。

「人の人生を豊かにするため」のキャリアを選択

――秦さんは、大学教授やスポーツ指導者と様々なキャリアを経験されておりますが、どのような考えをもってキャリアを選択されたのでしょうか?

私は一人ひとりが豊かな人生を送ってほしいという考えを持っています。
この考えが頭に浮かんだのは22歳の時です。

大学サッカー部の監督を務めていた頃は、自分に関わる人(自分のチームだけ)の人生を良くすることを考えていました。

ただ、部員の家族や他チームの指導者・選手と関わりを持つことで、「自分に関わる人はもっとたくさんいるのでは」と感じました。

多くの人の人生を豊かにするためには、自分以外の指導者の指導力を上げていくことが良いのではと考えました。
社会に出れば、指導してくれる人は少なくなります。社会に出るまでに大きく影響を受ける親、社会では会社の経営者も育てていくことが必要なことだと思いました。

そのためには教育・人材育成について学術的に学び、良い指導者を育て、輩出するべきだと思いました。ですから、大学職員から大学教員になり、大学全体と関わることができるポジションで活動することが必要と考え、今のキャリアを選択しました。

人の人生を豊かにするために、様々な切り口から教育していきたいと思っています。

学力とスポーツの関係

――ぜひ、秦さんにお聞きしたいのですが、学力とスポーツには密接な関係があるとお考えですか?

私は、人が成長する方法は簡単なことだと考えていて、「体系的・段階的・継続的」これをやれば成長すると考えています。スポーツに取り組んだ人は、「体系的・段階的・継続的」に取り組んだ経験があるはずです。
例えば、キャッチボールのやり方を教わる(体系的)。うまく投げれるようになったらボールを投げる距離を伸ばしていく(段階的)。もっと遠くに、そして速く投げるためにトレーニングを続ける(継続的)。

こういった経験を、スポーツでは自然と経験することができます。スポーツでの経験を勉強に変換すれば学力も上がっていくと考えます。私は教育者ですので、スポーツ指導をする立場の人間はスポーツの経験をスポーツ以外のことに変換することや応用できるような指導を行っていくべきだと思います。

――スポーツで経験したことを変換する力が必要になるということですね。変換力を磨くためにどのようなことを行っていくべきでしょうか?

「感じて、考えて、行動する」そして、行動した結果に責任を負わせることを行うべきだと考えています。
何か行動を起こせば結果が出ます。行動した結果に対し、フィードバックの場を設けて、どうだったのかと問いかけて、コミュニケーションのキャッチボールを行います。責任を負うことを学生や生徒に経験させることが重要です。

写真:ご本人提供

例えば、サッカーで得た経験を「勉強ではどうだろう?」「学校生活に置き換えてみると?」といった様に、サッカー以外のシチュエーションでどのように活きるかを問いかけながら考えてもらう機会を設けます。
これらの経験は、スポーツの経験と結び付け変換するトレーニングを行っているので、社会に出た時に自然と考えることができるようになるのです。
私も学長から「秦はスポーツで取り組んだこと、経験したことをそのまま教育プログラムとして使っている」と言っていただくことがありました。
自分自身もスポーツの経験をうまく変換できているなと思いますね。

教育者が受けた衝撃の教育方法とは?

――少し話題が変わりますが、秦さんご自身が受けられた教育プログラムで印象に残っているものはありますでしょうか?

私が受けてきた教育は非常に良かったと思っています。特に印象に残る教育を受けた先生は2名いらっしゃいます。1人目は、小学5・6年生の担任の先生です。私は、小学5年生とき、授業を受けた思い出がありません(笑)

男子はサッカーや山を切り開く言わば林間学校体験のようなことをし、女子は山で採った食材を調理するといった、とにかく外で遊ぶこと、自然に触れることをして1年間を過ごしました。今思えば、衝撃的な教育方法ですよね。当時、同じクラスの保護者が激怒し、教育委員会へクレームを入れていました。

6年生になり、5年生の漢字テストをクラス全員で実施した結果、私は100点満点の10点しか取れませんでした。もちろん、5年生の時に勉強を全く行ってないので、クラスの平均点はものすごく低い点数でした。
先生は「間違えた漢字1文字に対し、300文字書くまで学校へ来るな」と私たち生徒に伝えました。私たちは必死に漢字を書き、クラス全員が揃ったのは翌日の夕方4時でした。ちなみに、私は徹夜で行い、全部で6万文字の漢字を書きました。

この教育方法に、保護者はまた激怒しましたが、先生は「いずれこの子たちは中学・高校で嫌でも集中して勉強する時期が来ます。だから5年生の時に外で遊ぶことを優先して取り組みました。そして、6年生の今、中学での受験勉強に向けた集中力を養うために、漢字を書かせました」と親に説明していました。

生徒に感じさせ、考えさせ、行動させる。そして、結果に責任を持たせることで人としての成長を狙っていたのかもしれません。

――スポーツ経験とは少し違いますが通じるものを感じますね。

そして、もう1人印象に残る先生は、高校のサッカー部の監督です。私の恩師です。
高校の監督からは、一度もサッカーの技術を指導いただいたことはありませんでした。そして、私が在籍した3年間の中でグラウンドに入ってきたのは1度だけでした。いつもグラウンド横で腕を組みながら練習を見ているだけでした。練習メニューは自分たちで考えさせ、指導はOBの方々がしてくれていました。

試合の時でも、戦術などは口にしません。全国大会ベスト8時に茨城県立水戸商業高校と戦った時も、「この試合に勝ったら日本一になれる」と一言だけ選手に伝えました。結果はPK戦で敗北しました。
結局、その大会は茨城県立水戸商業高校が全国制覇をしました。もしかしたら、茨城県立水戸商業高校との対戦で勝てていたら、私たちが全国制覇をしていたのかもしれません。

高校の先生からは、スポーツで大切なことはポジティブな思い込みをチーム全員が持っている時に力が発揮されることを教わりました。
全国大会の話もそうですが、その先生が言うシナリオはすべてその通りに行きます。「この試合、後半で逆転する」といえば、本当に逆転し、試合に勝ちました。


写真:ご本人提供

思い込みで奇跡的なことを何度も体験しているから、大人になった今でも「無理だ」と思うことがありません。
何事も、「さぁ、やるぞ!」と思い込んでやるのか、「どうせ無理だ・・・」と思って取り組むのかで結果が大きく変わると思っています。

成長のためにトップの目線、基準を持つことが大切

――スポーツにおいて思い込みは非常に大切なことです。「できる」と信じて取り組むことが良い結果に近づくと思います。

その通りです。
「できるわけない」というような大きな壁を越える成功体験を、若いうちに経験する場を設けることがすごく大切だと思います。
例えば、算数で10点しか取れない子が、次のテストで100点を取るということでもいいのです。足りないことを探し、100点を取るために、逆算して組み立てる力が必要です。

そして、立てた計画を遂行して、振り返り、またチャレンジすることが重要だと思います。
冒頭の話に戻りますが、「感じて、考えて、行動する。そして責任を負わせる」という経験はスポーツで経験できることだと思います。自分の考えた目標や計画に対し、PDCAを継続することが成長につながると思います。

――最後に、秦さんはスポーツに取り組む上で大切なことはどのようなことだと思いますか?

トップを目指し、トップの目線、基準を持っているかが大切なことだと思います。

私が愛媛大学監督を務めた2年目に全国大会へ出場することができました。その時の祝勝会に上田亮三郎先生(元:大阪商業大学サッカー部監督)がお見えになられました。
上田先生との会話の中で、「何を目標にしていたのか?」という質問に対し、「全国大会で1勝することです」と伝えると「逃げているね」と言われ、「日本一を目指していたら、明確に何が足りないかが見えてくる」という言葉を頂きました。
結果が日本一になるかどうかではなく、日本一を目指しているかが重要だと先生は仰っておられました。

日本一の「目線を持っているか」「基準にしているか」が大切なことだと学びました。
考えて、行動する。その時に必要な基準はどのレベルなのかが重要です。

私は、この岡山理科大学を日本一にしたいと思っています。偏差値ではなく、卒業する時の満足度や「死ぬ時にあの大学で良かった」と言われるような大学として日本一を目指したいと考えています。
なので学生にも自分自身が思う、誇れるトップ(No.1)を目指して学問にもスポーツにも取り組んでほしいと思います。