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日本のあらゆるスポーツを世界一に~アメフト界の先駆者、河口正史~

GUEST:河口正史(かわぐちまさふみ)

元アメフト選手。立命館大学やアサヒビールで活躍。NFLヨーロッパやNFLサンフランシスコに参加するなど、アメフトの海外挑戦の道を切り開いた。
現在は株式会社JPEC TOKYO代表取締役としてジムを経営。独自のメソッドを確立し、1,000名を超えるアスリートのパフォーマンス向上に貢献している。

株式会社JPEC TOKYO

※本記事はnote移行前の旧SPODGEから2021年3月9日に掲載した記事になります。



アメフトをするために

ー河口さんのご経歴を拝見し、高校を中退し、アメリカの高校へ入学されるなど、一般的な学生アスリートとは異なる興味深いご経歴だと思います。キャリア選択の際には、どのような背景があったのでしょうか?
 
振り返ると、当時は深くキャリアのことを考えていなかったかと思います。

アメリカンフットボール(以下、アメフト)を始めたのは高校3年からでした。

日本の高校を退学し、「アメフトがやりたいからアメリカへ行こう」と軽い気持ちで留学先をサン・クレメンテ・ハイスクールに決めました。アメフトが好きで挑戦してみたい一心でしたね。

ただ、アメリカへ留学したのですが、アメフトはシーズンスポーツなので、留学後プレーし始めて3か月でシーズンオフになり、その後はレスリング、ウエイトリフティングに取り組んでいましたね。

アメリカでの高校生活は1年間だったので、大学でもアメフトをやるぞと意気込み、アメリカの短大でプレーをしようと考えていたのですが、レベルの差を大きく感じてしまい断念しました。

当時、アメリカでも「月刊タッチダウン」という日本のアメフト雑誌を読んでいて、そこに掲載されていた日本の各大学選手のプロフィールを見た時に「日本であれば活躍できるかもしれない」と考え、日本へ帰国し、大学へ進学しようと決心しました。

帰国後、スポーツ推薦を受けられる全ての大学に受検しました。当時は身体も強く、身体能力が高かったことと、そして、本場アメリカでのアメフト経験があることを伝えると、どこの大学も「入学してほしい」と言われました。

そして、最初に合格をいただいた立命館大学へ進学することにしました。
正直なところ、「選択」ということはせず、最初に返事をいただいた大学でプレーしようという安直な考えでしたね。

「選べるのであれば、より強い大学でプレーした方がいい」と言われたこともありますが、環境を選ぶことよりも「自分が何をするか」を優先していましたし、どの環境でも「自分が勝つチームにしたらいい」という考えを持っていましたね。

譲れないことはただ一つ、「アメフトをする」ということだけでした。

アメフトをメジャースポーツに

ーアメリカと日本ではスポーツに取り組む姿勢や環境が変わると思います。以前、海外では先輩後輩の概念はなく、指導者とのコミュニケーションもフレンドリーにできるとお聞きしたことがあります。

僕は「自分の環境は自分で整える」という発想を持っていたので、自分が生きやすいような環境を作っていました。大学時代、先輩にも嫌なことは「嫌だ」とストレートに伝えていましたね。僕の場合、入部当初から強かったので誰にも何も言われなかったですし、自分で環境を整えていました。

今、思うと「自分の生きていくフィールドを広げる」ことを考えていましたね。

当時の日本では、アメフト選手として生活ができない時代でした。だから「自分がアメフトをメジャーにすれば生活ができる」と思っていました。メディアへ出演すれば、僕もアメフトも有名になり、もっと豊かな生活が出来ると考えていましたね。

ーそのきっかけが『※筋肉番付』の出演ですね。
※各競技のスポーツ選手が参加し、6〜8種目の合計ポイントで総合No.1を決めるテレビ番組。

そうです。ありがたいことに今でも声を掛けていただけます。
あの番組をキッカケにアメフトの認知を広げることができましたし、「アメフト選手は身体能力が高い」と評価してもらえるようになりました。そして、僕自身も他の仕事をいただけるようになりましたね。

達成したい目標があれば、自分の得意分野を広げていくことが大切だと、番組をきっかけに気付くことができました。
自分の活躍できるフィールドは、自ら作っていけるんだと思いましたね。

例えば、ゲームが大好きな人が得意なゲームを活かし、今ではeスポーツ選手として活躍できる環境があります。

キャリアを考えた時に、本当にやりたいことで生活する為にはどんな方法があるのか考えてチャレンジすることが重要です。

ー「自分の活躍で豊かな生活を送れる」というお言葉がありましたが、いつからアメリカンフットボールを主軸に生計を立てようと考えていたのでしょうか? 

学生の時から考えていました。
実は、大学卒業時にプロ選手として活動していたんです。卒業後に入社予定の企業が内定していたのですが、プロとして活動したことが面白くてアメフトに人生を懸けたいと思いました。

当時、プロとしての活動は僕だけだったので、様々な取り組みができましたが、プロ活動だけでは生活は苦しく、オフシーズンは大学でコーチや客員教授を行っていました。

現在は、大学コーチや客員教授で活躍するアスリートが増え、そう簡単には就くことのできないことだと思いますが、当時は僕しかやる人がいなかったので、比較的容易にできたのだと思います。

こうして、自分の生きていくフィールドを少しずつ作っていきました。

経営者として

ー河口さんは現在株式会社JPEC TOKYOの経営者ですが、ジムの経営などを目指していたのでしょうか? 

今の仕事も好きなことに没頭した結果です。

現役生活の終盤で、健康機器のプロデュース・開発に携わりました。そのうち、健康機器を広める活動がアメフトよりも楽しくなり現役引退を決意しました。

健康機器を広げる活動の中で、トレーナーという職種に出会い、トレーナーに興味を持ち、トレーナーとして活動していくことを決意し、少しずつ規模を広げ、経営者としての今になります。

ですから、自分のやりたいことを没頭し続けただけなんです。そして、好きなことに没頭するためにマネタイズをしてお金を稼いでいるんです。

その時々、取り憑かれたようにやってきたと思います。
アメフト選手時に持っていた競技へ向き合う気持ちや熱量は、取り組む対象が健康機器やトレーナー、経営者になっても変わりません。

ー「トレーナーへの興味」とはどのような部分に興味を持たれたのでしょうか?

指導する選手を通じて出来る、疑似体験ですかね。

もっと上手くなりたいと思う選手へ自分のメソッドを伝え成長する姿を一緒に体験できていると思っています。

プロ野球選手の千賀や石川柊太、ボクシング選手の村田諒太など指導していますが、彼らの活躍が本当に嬉しく思いますし、残念な結果であれば、選手以上に悔しくなります。

最高に楽しいことだと思います。

ー今はトレーナーだけでなく、経営者としても活動をされています。

僕は、自分のメソッドで日本のスポーツ界のレベルを上げたいという強い想いがあります。そして、日本のあらゆるスポーツを世界一にすることを目指しています。

そのゴールにたどり着く為には、一人で取り組むのは難しいので、同じ志を持つ者で集まり、活動を広げています。

組織を作ることについて、今までキャプテンなどの経験は現役時代の数年だけで、人のマネジメントをする機会がありませんでした。今でもトライ&エラーを繰り返し、レベルを上げています。

ただ、向き合い方はアメフトと一緒ですよね。結果を出すためにトライ&エラーを繰り返すこと。これはスポーツも経営も同じです。

スポーツに夢を

ー先ほどの「あらゆるスポーツを世界一にしたい」とありましたが、「あらゆる」スポーツと考えた理由はあるのでしょうか?お話をお聞きしていると日本のアメフトだけでも良いのではと感じました。 

自分のメソッドにポテンシャルを感じるからです。アメフトだけの世界に止めておくのはもったいないと思いました。

また、日本では子どものスポーツ離れが進んでいますよね。

今の子どもたちに人気の職業は『YouTuber』です。その理由は稼げるから。

例えば、「日本のプロ野球は年俸数億円プレーヤーがいますが、世界で活躍する選手は数十億円を稼いでいます」と聞いたら日本一と世界一どちらを目指しますか?

であるならば、世界一の方が圧倒的に稼げますし、夢がありますよね。

子どもたちが「スポーツ選手は稼げる」「かっこいい」と思ってもらうことが重要なんです。スポーツ(アスリート)の価値を高め、子ども達にスポーツに取り組むことに夢を与えるべきなんです。

そうすれば、その子どもたちがスポーツを通じて優秀な大人に成長し、その先には日本の国力を上げると考えています。

ー当社理念の「スポーツを通じて日本の発展に貢献する」と同じ考えで嬉しく思います。河口さんは競技レベル以外で日本のスポーツにおける課題はどのように感じていらっしゃいますか? 

日本の場合、スポーツではなく教育的側面が強すぎて「体育教育の延長」になっているのかなと思います。

大学の部活動を例にすると、責任の所在がどこなのかわかりづらい環境にあると思います。

部活動は課外活動という位置づけになっているので、単位には影響しませんし、部費も選手たち(そのご家族)が支払っています。そして、ボランティアの指導者も多いと思います。

アメリカの場合、部活動に取り組むと単位を貰えます。もちろん、部費もありません。日本の体育の時間にサッカーやバスケに取り組むことと同じような位置づけで部活動も行っているんです。

大学スポーツの活躍は、多くの方へ感動を与えますし、大学名を広げる広告として大きく影響をしていると思います。

だからこそ、日本のあらゆるスポーツを強化し世界一になれば、改めてスポーツに注目が集まり、スポーツへの考え方も大きく変化してくると思います。

日本のあらゆるスポーツを世界一にするために、自分のメソッドを広げていきたいと思います。