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法政大学キャリアデザイン学部、田中研之輔教授が考える「アスリートのキャリア形成」とは

GUEST:田中 研之輔(たなか けんのすけ)
法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。
一橋大学大学院社会学研究科を経て、メルボルン大学、U.Cバークレー(カルフォルニア大学バークレー)校で計4年間の在外研究。2008年4月より法政大学キャリアデザイン学部専任講師に着任、現在は教授。著書25冊。
著書:『走らないトヨタ』、『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』など。社外顧問19社歴任。

※本記事はnote移行前の旧SPODGEから2020年9月3日に掲載した記事になります。



アスリートが抱えるキャリアの課題

―田中先生が『キャリア』というものに注目したきっかけはどのようなところからだったのでしょうか?

僕は一橋大学大学院を経て、メルボルン大学とU.Cバークレー(カルフォルニア大学バークレー校)に客員研究員として赴任しました。

在外研究時に一番感じたのが、「これからの人生、組織にキャリアを依存することはリスクだ」ということです。

人生100年というのは、企業の平均的な寿命よりも長いわけです。自らキャリアを形成し、それを活かす場が企業組織であると考えるのです。「キャリアオーナーシップを持って、自らキャリア開発をしていかなければいけない」という感覚と、日本の「新卒一括採用で、一つの組織に社会化され、組織内キャリア形成をする」ことに大きなズレがあると思いました。

だからこそ、キャリア論をライフワークとして、より良く働いていける人たちを育てなければいけないと思ったことがきっかけです。

そのためには、大学から社会へと羽ばたいていく次世代育成にコミットしていくことが不可欠だと考えるようになったのです。大学に身を置いて、社会に出るためのコーディネートやプロデュースをやりたいなと考えるように至ったのも、そのような経緯があるからです。

2008年から法政大学キャリアデザイン学部でキャリア開発やキャリア支援に従事してきました。

スポーツ界との関係でお話ししたいのは、Jリーガーのセカンドキャリア支援についてです。

20代前半に怪我などで戦力外通告を受けたJリーガーのセカンドキャリア育成にも取り組んできました。1年生の時から4年間かけて、社会に向けて必要な基礎リテラシーを身につけるためにキャリア・トレーニングを徹底的に行っていました。彼らは現在、IT企業、広告代理店、アナウンサー、人材会社など、様々な業界で活躍しています。

―日本のスポーツ界が抱えている、アスリートのキャリア課題とはどのようなことでしょうか?

一番の問題は『シングルアイデンティティー』にあります。とくに、アスリートに特徴的なのですが、自分自身の可能性や社会的役割を一つに限定してしまうことです。たとえば、「○○のスポーツができる=○○のスポーツしかできない」となってしまうことです。

これは決定的な問題です。

トップアスリートの多くは、低年齢の時からそのスポーツのみに打ち込んでいます。多感なパーソナル形成期の全てをかけて、スポーツに没頭するのです。それ自体はキャリア論的にも悪いことではありません。

しかし、スポーツをやる自分と自分自身が同一化してしまうことが問題なのです。

やや専門的に述べるなら、パーソナル形成期にシングルアイデンティティーが強固に形成されるのです。しかし、いつまでもそのアイデンティティにすがることができないわけです。

なぜなら、アスリートはピークパフォーマンスを経て、誰しもが引退を迎えます。その時にキャリアショックを経験することになるのです。アイデンティティ・クライシスと言っても過言ではありません。

つまり、「自分=スポーツをしている自分」の人は、これまで頑張ってきた自分の人生が終わってしまうと考えてしまいます。

そうすると「これまでの人生って何だったんだろう」と自己否定に陥ってしまう人がでます。

Jリーガーも怪我をして引退をしているので「今まで頑張ってきたサッカーで必要とされない」、「自分の人生は半ば終わった」という考えをもちながら大学へ来ます。最初の数ヶ月は、苦しんでいる姿をよく見かけます。

キャリア形成に関して言うと、サッカーをやってきたことは財産で、その経験をトランスフォームさせて社会に必要なスキルに置き換えて活用することを大学で徹底的に伝えていきます。

海外のアスリートは面白くて、テニス選手のジェームズ・ブレークは国際ランキング9位まで行ったテニスプレーヤーで弁護士とか、NBA選手でメジャーリーガーとか、シングルアイデンティティーではないんですよね。

日本の場合、他のスポーツをやってはいけないみたいな感覚がありますよね。ここにすごく閉鎖感を感じてしまいます。

スポーツの経験を活かしたキャリア形成を

― “自分”と“競技者としての自分”を考えることが重要だと感じました。

自分のスポーツ経験を否定する人がすごく多いと思っていて、引退したJリーガーもキャリアショックで授業についていけなくなった時に、「自分は何も知らない。今まで何をやっていたんだ」と自己否定することがあります。

これまで頑張ってきたことが、全く活かせないと感じてしまうからです。そんな時に、私は声をかけます。

「これまでアスリートとして没頭してきたことは、何一つ無駄ではない。キャリア資本は形成されている。その活かし方を考えていくことが大切なんだ」と。

セカンドキャリア形成にまず、理解しなければいけないことは「アスリートとして頑張ってきた自分は素晴らしい事であり、誰にでもできることではないことをやって来たんだ」という自己肯定感を高め維持することなんです。決して、これまでの自己を否定することではないのです。

「他のことは知らない」ではなくて、ただ経験していないだけなんです。人生100年あるからこれから学べば良いというマインドに変えてもらいます。

だから、よくありがちな、アスリートが「スポーツしかしていないので、自分バカなんです」という考え方には、私は厳しい態度をとります。その考え方は間違っているとはっきり伝えます。

アスリートこそ状況分析に優れ、失敗にめげずにPDCAを何度も回すことができます。にもかかわらず、本人達が他のことを知らないから自分はバカだと言ってしまうことは非常に残念なことで自己否定にもつながります。

知らないことは知らないと言えることが重要です。

写真:ご本人提供

―今の自分を受け入れて、次に何をするのかを考えるマインドが重要ですね。

先日、行った講演会で『ビジネスマインドアスリート』という言葉を提案しました。

何かというと、日常生活をマネジメントして、その先どういうキャリア形成をするのか考えておくことが大切ということです。

アスリートは24時間、トレーニングしているわけではありません。競技練習が4時間、フィットネス トレーニング2時間、体のケア2時間をしても、合計8時間です。7時間の睡眠時間をとっても、まだ、9時間あります。

デュアルキャリアのアスリートであれば、その時間に学んだり、働いたりしていますよね。

その時に、漫画やゲームをするのではなく、中田英寿さん(元プロサッカー選手)や本田圭佑さん(プロサッカー選手)のように、セカンドキャリアでの活躍を具体的にイメージして、必要な事業準備や基礎知識の収集など、ビジネスシーンに必要なスキル習得を重ねておくべきなのです。

誰でにもできることなのですが、大半のアスリートがそのような時間の使い方をしていない。現役アスリートは競技だけやっておけば良いと思っているのではないでしょうか。引退した時に次のキャリアをはじめて考え始め、スポーツとの切断に耐えきれなくなるからキャリアショックに陥ってしまうのです。

引退を見据えて、現役の時からキャリア開発を考えることがポイントなんです。

社会に活きるスポーツの力とは

―スポーツ経験を活かして社会を考えるということに共感します。スポーツを経験することでどのような力が磨かれて、社会に出た時に活きると思いますか?

勝ち負け、戦績・実績に囚われがちですが、それは結果ですよね。

もちろん、結果を出すことは大切ですし、アスリートは結果を出すために集中力が高いなど言われますが、個人的には別のポイントがあると思っています。

アスリートが特に優れていると思うポイントは、目標に向けてゴールを設定して、トライアンドエラーを重ねて、ベストパフォーマンスを出せたのかを振り返る力です。同じミスを繰り返すトップアスリートはいません。問題を分析し、必ず、修正する。それが身体動作であったり、競技内の駆け引きなど。改善能力が高いのです。

つまり、PDCAを回した回数が多くて、問題改善を身体化させているのです。

この問題修正や改善能力は、ビジネスシーンでも常に求められます。成功し続けるビジネスパーソンは、どこにもいません。様々な場面での失敗を経験し、それらの原因を分析し、修正する。そうした積み重ねが、成功を引き寄せるのです。

―なるほど。結果に向かう中のプロセスを着目すべきということですね。自分のキャリアを考える適切なタイミングはあるのでしょうか? 

キャリアを時間軸で考えてください。キャリア形成を継続的に考えるのです。大切なことは、現役のピークパフォーマンスが高い時から引退後のビジョンを三つ描いておくことです。

例えば、監督・コーチになるということは、その業界に残り、今までの経験がそのまま受け継がれていきます。そして、それ以外に、スポーツ業界に残ることが出来なかった時のことを2つ考えておくと良いです。

高校生ぐらいの時から、アスリートとしてのキャリアビジョンと、セカンドキャリアやデュアルキャリアの具体的戦略や計画を思い浮かべておくようにするのです。

高校生を対象にキャリア教育へ行きますが、自分のキャリアを3つ考えることを伝えています。

なぜかというと、現在は人生100年時代なので、先ほど述べたように、シングルアイデンティティーの人生じゃないからです。

我々ビジネスパーソンも今やっていることが10年後もできるかどうか分からない。だから変化に適応していくことが必要です。変化に適応していく力は、アスリートは高いと思っていて、試合の中でいくつもの状況や局面に適用するわけですから。

キャリアも同じで、いろいろな局面を早い時期から思い描いておくべきです。

見事に示しているのが中田英寿さん(元プロサッカー選手)や本田圭佑さん(プロサッカー選手)なんです。小学生からサッカー選手になると決めていますが、その先も考えているんですよね。

天才だからできるということではなく、キャリアプランニングとしてみんなやっておくべきだと思います。

キャリアを思い描き、そのためには何の準備が必要なのかを書き出してみるのです。一度で完成ではなく、定期的に何度も、加筆してバージョンアップしていくのです。

今は、日本におけるスポーツキャリアの変革期

―スポーツを引退ではなく、卒業のようなイメージを持って将来を考えるべきだと思います。日本と海外でのキャリアについて研究された田中先生だから思う、今後のキャリア形成に重要なものはありますか?

冒頭にお伝えした「組織にキャリアを依存する」という、いわゆる就職ではなく就社型(会社重視型)の考えはリスクがあります。入社して終わりではなく、入社したその組織でどういうキャリア形成やキャリア開発を考えるべきですよね。

2019年にトヨタ自動車の豊田会長や経団連の中西会長を中心に、日本型雇用(新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金など)の歴史的転換に関する発言が続きました。

今、日本型雇用は変革期です。就活も一括採用から通年制に変わっていく歴史的変わり目です。そして、このコロナに直面しました。変革はスピードアップしたのです。

特に、メンバーシップ型からジョブ型への変化は、今後、顕著になっていきます。「どこの企業に所属しているのか」ではなく、「あなたは何ができるのか」が問われる時代の幕あけだと言っても過言ではありません。

それは言い換えるなら、変化に対応し、自らキャリアオーナーシップを、キャリア開発やキャリア成長していける人財を企業が求める時代になります。組織に育ててもらうのではなく、自ら成長していく人財です。アスリートの人たちは、自らを成長させることが得意な人たちですよね。

スポーツでも、自らトレーニングしてパフォーマンスを高めていくのと同じで、キャリアにおいても『ビジトレ(ビジネス×トレーニング)』が必要だと思います。

写真:ご本人提供

―今は、大学側も就職・雇用について考え方が変化すると思います。今後の大学キャリア支援にどのようなイメージをお持ちでしょうか?

今、大学キャリア支援に求められているのは、学生がどういうキャリア形成をしていくかをできる限り1対1でキャリア相談にのり、ビジネスパフォーマンスを発揮できる企業に送り届けていくことが大切だと考えています。

学生のこれまでのキャリア形成にあったキャリアコンサルティングが必要なのです。

ただ、規模の大きな大学で、キャリアセンターが全ての学生を支援することは難しいです。

そうすると何が起きるかと言うと、学生はマイナビ、リクナビなどの巨大なプラットフォームを使用します。

そこで知っている知識で企業を選ぶので、どうしても就社型のシステムになってしまうんです。

キャリア教育はこれも大切で、企業の価値判断の選択に至る前の段階でキャリアに関する知識を伝え意識を向かせることが、今後の大学キャリア支援に必要なことだと考えます。

適切な情報を届け、未来のビジョンを描く一助に

―キャリア教育を学ぶ環境として、高校や大学など教育機関で伝えていくこと、さらには、産学官が連携することが重要だと思います。ほかにキャリア教育を広げる策はありますか?

メディア戦略は使っています。
現在、僕は日経STYLEでU22という連載を持っていますし、「日本の人事部」で人事系の方への連載も持っています。また、出版も継続しています。本にすると届くんですよね。

もちろん産学官が連携して行うことも一つですが、今の情報収集は手のひら(スマホ)からアクセスできるかどうかです。検索した時に適切な情報が届くように我々は伝えていかなければいけない。

これについては戦略的に考えなければなりません。「リアル」と「マスリーチ」の両方に取り組んでいかなければ問題は変わらないと思います。

―情報を発信し続けていくこと、デジタルとアナログの融合が重要と感じます。

そうですね。しっかりと行動変革を促さなければならないので、動画やメディアだけだと届きません。全国各地へ出向き講演をすることやオンラインで勉強会を行うなど、直接伝えていくことを継続していくことにも大きな意味があります。

情報を発信し続けること。そして、本人たちにアウトプットさせることはすごく大切にしています。

ビジョナリーキャリアと言いますが、描くキャリアを自分の中で言語化してビジョン化させるんです。

そのビジョンは変わっても構いません。ビジョン化は定期的に繰り返してください。キャリアビジョン化しなければシングルアイデンティティーの罠から抜け出すことはできないのです。

―キャリア開発は自分を見つめ、将来の自分を見える化していく。

アスリートがやらなければいけないことは、過去の遺産にすがらないこと。キャリア開発は現在から未来のベクトルなので、過去を否定することはせず、「今から何をする」ということを絶えず考える思考の癖をつけなければいけませんよね。

これからはまだ60年、80年あるという考え方になるとキャリア観が変わってきますよね。

―田中先生、ありがとうございました。


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