「自分の経験を、未来を担う子どもたちへ」現役Jリーガーの想い。 ~カターレ富山 椎名伸志~
GUEST:椎名伸志(しいな のぶゆき)
カターレ富山(J3)に所属するJリーガー。
プロサッカー選手として活動する傍ら、不登校児童に向けた運動教室や、富山県の企業経営者との対談など、地域/社会貢献活動を行っている。
【経歴】
2007-2009 青森山田高校(主将)
2010-2013 流通経済大学
2014-2016 松本山雅(J1、J2)
2015-2016 カターレ富山(期限付き移籍)
2017- カターレ富山(J3)
※本記事はnote移行前の旧SPODGEから2021年2月9日に掲載した記事になります。
現役選手から見た各カテゴリーのJリーグ
―J1からJ3まで、リーグの各カテゴリーを経験された椎名さんですが、各カテゴリーの特徴を教えていただけますか?
『J1』はファンも多く注目されているリーグだと思います。最近はフライデーナイト(※コロナ期間は中止)などの企画で、いつものサポーターに加えてスタジアムに来る方が増えたと思います。もちろん、プレーのレベルも上がっていますし、スピード・テクニック・駆け引きまでを含めて見応えのある試合を見ることができる、まさに日本トップのリーグですね。
『J2』に関しては「世界で一番過酷なリーグ」と呼ばれています。チーム数は多いですし、プレーの強度もJ1と比べても体のぶつかり合いが激しいですし、試合数も多くとてもハードなリーグです。
『J3』は上のカテゴリーから育成を目的とした若い選手のレンタル移籍などもあり、平均年齢が低いチームが多いです。年々リーグ全体のレベルも上がっています。J3の存在こそが、Jリーグの全体的なレベルアップをしていると感じます。
昨年はコロナウイルスの影響で開幕が遅れて、試合日程の変更がありました。僕自身もここまで過酷なスケジュールは初めてでした。コロナの影響もあったので、メンバーを固定せずにやっていましたね。結果は惜しくも残念な結果になりましたが、個人的には波のない良いシーズンだったと思います。
―昨年はコロナウイルスの影響で活動制限などいろいろあったと思います。椎名さんはどのように感じられましたか?
良いのか悪いのか、深く考えていないです(笑)
仕方ないですし、上手く対応していかないといけないと思っていました。ただ、自分に何が出来るのかを考えることができたので、個人的には前向きにとらえています。
アスリートとしてできることを
―椎名さんはピッチ外で、社会や地域に向けた貢献活動を行っているとお聞きしました。どのような活動を行っているのでしょうか?
現在は、不登校児童支援とボールあそびを軸とした教室を行っているのと、Instagram(インスタライブ)を使って富山県の経営者と対談をしております。
不登校児童への支援を始めたきっかけから説明すると2018年11月11日に、4度目のヒザの前十字靭帯断裂という大ケガをしました。(※前十字靭帯断裂はサッカー選手として選手生命が経たれるような大きなケガ)その時は今まで考えなかった『引退』の文字が頭に過りました。
その後は、リハビリ期間を経てクラブとの契約も更新することができたので、ピッチに立ってプレーで貢献しようと考えていました。もう一方で、サッカーのプレー以外でもチームやサポーターなど、それまで支えてくれた方々に対して「何か恩返しできることはないのかな」と考えていました。
僕は大きなケガを4回も経験しています。この自分の経験を通じて、力になれることはあるかを探していたところ、2019年5月に不登校児童の支援団体が立ち上がる話を聞き、運動支援という形で翌月の2019年6月から取り組むようになりました。
学校に行けない、外で遊ぶことが難しい子どもを対象に、ドイツの教育プログラムを参考にして、様々なボールを使ったあそびを取り入れたり、水鉄砲で遊んだり、夏はスイカ割りを楽しむなど、思い切り身体を動かしてコミュニケーションを図る機会をつくり、学びの場になればいいなと思って活動しています。
―『ドイツの教育プログラム』とありましたが、元々子どもたちへの教育を勉強されていたのですか?
いえ、子どもたちに指導した経験はありませんでした。ドイツの教育プログラムは「子供/ボール/遊び」で調べ、まずは実行してみることを心掛けています。
子ども達と一緒に遊ぶことで、僕自身も何か学びに繋がると考えていました。
少しずつ活動が広がり、今は富山県にある『日本一小さな村』と言われる舟橋村の多大なる協力のもと、ボールあそびのプログラムを応用した教室を始めました!
―独学とは驚きました!Instagramでの活動はいかがでしょうか?
Instagramのインスタライブを活用し、富山県の企業とコラボしています。コロナウイルスによってサッカーが出来なくなった期間に、サッカー選手としての価値を見直したことがきっかけです。
富山を引っ張る企業の経営者に話を聞き、富山の魅力やリーダーとしての考えを学ぶ機会になればと思い始まりました。
SNSを通じて経営者の方に「対談しませんか?」と直接連絡したところ「サッカー選手がこういった取り組みをしていることが面白い」と言っていただき、前向きに協力いただけました。その後は最初にご協力いただいた方に次の出演者をご紹介いただく『いいともスタイル』で行っていますね。
プロサッカー選手としての価値が発揮できたと思います。サッカー選手でいることはメリットですし、活かしていかなければいけない武器だと感じましたね。
―サッカー選手としての経験は椎名さんの人生ですからね。
正直な話、4回目のケガでいろいろ考えるようになりました。今は僕のできることから少しずつ積み上げていきたいと思っています。
今回のコロナの影響は、「お前もっとサッカーに集中しろよ」という意見がある中での活動だったので、選手がピッチ外でも存在価値を届ける必要があると思わせてくれたかなと思いますね。
選手生命を絶たれる大ケガから得たものとは
―過去、大きなケガを4回も経験された中で、椎名さんを支えたものは何でしょうか?
自分の中に秘めた「今のままでは終わりたくない」という想いがありました。もちろんケガやリハビリ中は気持ちが沈むことがありましたが、復帰してグラウンドを駆ける姿を思い浮かべ過ごしていました。
もう一つ僕を支えてくれたものがあります。
リハビリ施設で出会った方々のおかげです。僕よりも大きなケガをしている方と一緒にリハビリをすることがありました。皆さんのリハビリを明るく、前向きに頑張る姿を見て「自分はまだまだだ」と思いましたし、僕も前向きに考えることができるようになりました。
前十字靭帯断裂はサッカー選手生命に大きく関わる大ケガですし、4回も経験するなんて珍しいと思います(笑)
皆さんに支えて貰って復帰する事ができました。
―ケガを通じてコミュニティをつくったとお聞きしました。
コミュニティとまでは言えませんが、たくさんのつながりは出来ました。
オンラインサロンで同じケガをした選手と対談したりすると、自然と同じケガをした方と繋がりができて、大阪で試合をしたときは女子サッカー選手が試合に見に来てくれて対談したりしましたね。
自然と膝の仲間が集まりますね。
膝をケガした選手が僕のところに連絡してくることが年に数回あります。「膝のことは椎名に聞け」と噂になっているみたいです(笑)
―ケガをしたことで椎名さんの中で変かはありましたか?
自分自身の感情を追いかけなくなりましたね。
ケガをしたときは、「こんなはずじゃない」と現実を避けたい感情になると思います。精神的にも落ち込みますよね。
そういった気持ちを「どうにかしないと」と思っていても、あまり物事は好転しないと感じました。
現実に目を向けて取り組むことが本当の一歩を踏み出せると思っています。
「自分の経験を伝えること」=スポーツへの感謝の想い
―セカンドキャリアに対する考えはお持ちですか?
僕の中で『セカンドキャリア』という概念がなくて、
『デュアルキャリア(スポーツと仕事の両立を目指すキャリア形成)』、『プロティアンキャリア(環境の変化に応じて自分自身も変化させていく、柔軟なキャリア形成)』という言葉に出会った事によって、人生を大きな一つの軸として捉えた時に、今のサッカー選手としてのアスリートキャリアというのは、その中のもう一つの軸でしかないという考え方になりました。
ですから、サッカー選手としての活動、不登校児童の支援活動、インスタでの活動がセカンドキャリアのためだとは思っていないですし、自分自身が先の将来を豊かに過ごしていくために必要なことだとは思っています。
―今後、やってみたいことはありますか?
ずっとスポーツ界で生きてきた人間なので、何かしらスポーツへ貢献したいと思っています。
自分自身も色んなことを知りながら、自分ができることを探している中で自分が「いいな」と思ったものを、より多くの人に届けたいという思いが僕の中で大きなウエイトを占めています。
特に『子ども』というキーワードを持っていて、未来を担う子どもたちに自分自身の経験を還元することが、今まで支えていただいた人たちへの感謝の形になると考えています。
例えば、プロアスリートトレーニング体験という、子ども達が選手のトレーニングを経験する機会を設けています。ヨガやビジョントレーニングという目のトレーニングなど自分が体験して「これはいいな」と思ったことを子どもたちに還元していきたいですね。
「いいな」と思ったことを子ども達にシェアしていくことができれば、僕も嬉しいですし、子ども達の喜びに繋がれば良いなと思っています。
―いろいろ経験をしている椎名さんだからこそ、出来ることかもしれませんね。
サッカー選手として子ども達の憧れとして存在しなければいけないというのは強く思っていますし、その上でもサッカーやスポーツという枠から外れたところでも活躍できる人間でありたいなと思っています。
そして、今はプロサッカー選手という肩書きがありますけど、この肩書が無くても一人の人間としてしっかり生きていけるようになりたいと思っています。
僕はJリーグを、延いてはサッカー業界を盛り上げたいと思っていて、多くのアスリートに僕の活動を知ってもらうことで、プロ選手として競技活動するほかにも色々な活動ができると思って欲しいので、今後もたくさんの企画を仕掛けていきたいと思っています。
結果として、僕のファンになってくれて、応援してくれる人たちが、チームを応援してくれるようになって、という貢献の仕方が何よりだと感じています。
―椎名さんが考える(思う)スポーツの価値/可能性について教えていただけますか?
『スポーツ』といっても何かの競技をすることだけが『スポーツ』ではありませんし、日常で歩くこともスポーツの一つだと思います。スポーツはそれぞれの人たちの生活をより良く、豊かにするものだと思いますし、日常を彩るものだと思います。
僕自身、サッカーから色々と学びました。だからこそ、サッカー選手としての価値を高めるために、ピッチ外での取り組みにも力を注ぎたいと思っています。
もっと『サッカー』へ恩返しできると思っていますし、この想いが背中を後押ししてくれます。
まだまだチームがチャンスを与えてくれる限り、現役として体を張っていこうと思います!