スポーツの経験は自分の財産になる ~元陸上選手 萩原歩美~
GUEST:萩原歩美(はぎわらあゆみ)
元陸上選手。専門は中距離・長距離。
2011年に高校卒業後、ユニクロへ入社。アジア選手権や日本選手権で入賞するなど、数々の功績を収める。
2014年の国際千葉駅伝に日本代表として出場し、アンカーを務め、区間賞を獲得し、日本代表の優勝に貢献。
2017年3月から豊田自動織機へ移籍。2021年シーズンをもって、18年間の現役を引退した。
【経歴】
2010年:第22回大会全国高等学校駅伝競走大会女子へ第一区走者として出場
2013年、2014年:日本陸上競技選手権大会女子10,000mで2年連続3位に入賞
2014年:第7回アジア競技大会へ陸上競技日本代表に選出され、10,000mで3位(銅メダル)を獲得
2014年:国際千葉駅伝にて日本代表チームとして出場、最終第6区のアンカーを任されて、区間賞を獲得し、日本代表の優勝に貢献
2014年:まつえレディースハーフマラソンにて優勝
2019年:全日本実業団ハーフマラソン3位
2021年:大阪国際女子マラソン5位
※本記事はnote移行前の旧SPODGEから2022年10月27日に掲載した記事になります。
実業団を目指した中学・高校時代
ー陸上競技を始めたきっかけを教えてください。
陸上に興味を持ち始めたのは、小学5年生の終わりに出場したマラソン大会でした。
県内では大きな大会で、320名の選手が出場していました。10位に入れば入賞なので、「入賞出来たらいいな」と冗談で言っていましたが、11位で残念ながら入賞はできませんでしたが、同じ小学生の中でも「私は速いんだ」と自信を持つことができました。
この大会をきっかけに陸上競技に興味を持ち、小学6年生の時から市民マラソンやトラック競技大会に出場しはじめました。
中学生では陸上部へ入部し、本格的に取り組むようになりました。専門は中距離・長距離です。入部した陸上部には、投てきで有名な先生や、長距離で活躍された先輩がいたこともあり、成長できる環境がありました。
ー萩原さんは高校卒業後、実業団への道を選択しました。実業団へ行くことはいつから考えていたのでしょうか?
中学2年生の時から実業団に入りたいと考えていました。憧れの先輩が実業団へ行ったことも理由の一つです。当時は実業団へ行くことの難しさや、周りからも「行けるよ」と言われていたので根拠のない自信を持っていて、私も「実業団へ行く」と公言していました。
進学した常葉学園菊川高等学校も実業団へ行くことを視野に入れて考えた結果でした。県内ではトップの実力がありましたし、実業団へいけるチャンスがあると考えていました。
世界と戦った実業団選手時代
―その後、公言通り実業団(ユニクロ)へと進みます。実業団では仕事とスポーツの両立をしていたのでしょうか?
チームによって異なりますが、当時のユニクロ山口本社で勤務していた時は、午前9時から午後2時まで働いて練習というスケジュールでした。また、朝練が6時からあったので、練習→仕事→練習という仕事とスポーツを両立する日々を過ごしていました。
選手の勧誘や国内外への移動を考え、陸上部の拠点を浦安へ移動してからは、週3日、午前10時から12時までの勤務へ変わりました。
仕事も六本木本部にあるグローバルマーケティング・スポーツマーケチームに異動し、ユニクロがサポートしているアスリート(テニスの錦織選手やジョコビッチ選手など)の進捗会議に参加したり、送付ウェアの準備を担当していました。
年間の出社日数は少なかったですが、社員から「頑張ってね!」という温かい声援や、担当するプロアスリートの活躍に「私も頑張ろう」と刺激をもらえた環境でした。
―ユニクロで活動した後、豊田自動織機へ移籍されました。どのような理由で移籍されたのでしょうか?
ユニクロへ入団し、鈴木秀夫監督との出会いや様々な大会に出場するなど、貴重な経験をすることができました。
ただ、入団5年を迎えたとき、監督変更やスランプに陥るなど、負のループにハマり始めた時期で自分の環境を変えてみたいと思い、移籍を決意しました。
豊田自動織機は歴史があり、高校や大学のトップレベル選手が入団する強豪チームです。他チームとの交流が少なく、あまり情報がないチームでした。
トップレベルの環境で自分に何ができるのか、足りていないことは何かを知ることができるという考えが一番の決め手です。
私の中で大切にしている考えがあるのですが、何か選択することがあれば「難しそう」という道を選ぶようにしています。刺激のある方がおもしろいですし、直感的に「こっちだ」と思う方はいつも難しい選択でした。
また、縁あって、高校時代から豊田自動織機陸上部の監督を知っていたことも大きなきっかけの一つです。
―アジア大会など世界を相手に戦った中で印象に残る試合はありますか?
2015年の日本選手権です。
前年の2014年は、日本選手権で3位、アジア大会3位と調子が良いシーズンでした。2015年の春先も調子が良く、納得する成績を残せるかなと考えていました。
迎えた2015年日本選手権は、世界選手権の選考会も兼ねた大切な試合でした。
10000mのレースへ出場したのですが、このレースは自分らしい積極的なレース展開ではありませんでしたが、残り100mまでは3位の位置でした。ただ、ゴール90m手前で抜かれ結果は4位。あと一歩手前で世界選手権を逃したレースでした。
このレースをきっかけに不調が続くようになり、スランプに陥ってしまいました。今まで良かったと思うレースはたくさんありますが、一番印象に残っているレースはこのレースです。
ー選手当時、萩原さんのモチベーションを支えていたものは何でしょうか?
ユニクロに所属していた時は自分自身のレースだけを意識していました。個人的な成績をどれだけ上げられるかをチャレンジし続けていました。
次の豊田自動織機ではチームの成績を残すことです。個人の成績を伸ばすことはもちろんですが、自分の活躍で豊田自動織機の名前をアピールしたいと考えていました。特に、テレビに映る時はかなり意識していましたね(笑)
あとは、社員の声援やファンの存在が大きかったです。会場まで足を運んでくれるファンとの交流は楽しかったです。今はSNSを通じて日々の報告をしています。
引退時の不安や葛藤
ー数々のレースで成績を収めた萩原さんですが、先日、引退を表明されました。引退を決意したきっかけを教えてください。
これまで日本代表として世界と戦ってきました。その時の自分と今の自分を比較した時に、「十分な価値を発揮し、お給料をもらえるような選手」と胸を張って言えるのかという疑問を持ちました。
選手活動では様々な費用が掛かります。遠征費、合宿費など全てが会社負担です。選手1人にものすごい費用を掛けてくれていますが、それに見合った価値が発揮できているのかと思ってしまいました。
選手生活の終わりではケガによりレースに出場できないことが増えたことも理由の一つです。
もちろん、周りは「まだまだやれるよ」と声を掛けてくれました。しかし、自分の中でのプライドというか、この環境に甘えるのは違うと思い、引退を決意しました。
―セカンドキャリアへの考えはあったのでしょうか?
引退前の2年前からセカンドキャリアについて考えていました。
先日引退を表明したのですが、実は2年前から引退を考えていたんです。
ただ、辞めようと考えていた年のレースで、6年ぶりのベスト更新や、初マラソンでベストの記録を出すことができました。調子が戻ってきたこともあり、引退まで1年間期間を伸ばしました。
ー引退するときの心境はいかがでしたか?
不安とワクワクが両方ありました。
不安に感じたことは年齢や仕事に対することでした。陸上から離れた生活や仕事など、具体的なイメージができないことが大きな要因でした。
一方で、これから始まる全てのことにワクワクしている自分もいましたね。今まで競技優先で過ごしてきたので、我慢してきたことがたくさんあります(笑)
私の持ち味は「チャレンジ精神」と「前向きでいること」です。持ち味を活かして色々なことに挑戦していきたいと思っています。
アスリート経験を活かせるセカンドキャリアを
ーセカンドキャリアとして食品メーカーでの営業に挑戦されますが、チャレンジしたいことはありますか?
アスリートの経験を活かしたいと思っています。
営業職ですが、商品開発への意見もできる環境と聞いています。
私も現役時代に食事の素晴らしさや重要性を学びました。
長距離選手は食事に対しての配慮が強く、好きなものを我慢することはもちろん、カロリーも徹底して管理していました。
こうした辛い経験は、実際に経験した人しか伝えられないことがあります。アスリートがより良いパフォーマンスができるようなサポートができればと思います。
―現役の時からやっておいた方が良いことはありますか?
引退をしてから「わからない」ことに不安を感じることが多くありました。わからないといっても、明確にわからないのではなく、漠然と「何についてわからない」という感情でした。
この感情は自分に足りているもの、不足しているものがわかっていれば防ぐことができると思います。今の自分をしっかりと理解して、不足しているものに備えるような取り組みを行った方がいいと思います。
競技者としてスポーツに取り組める時間は限られています。引退後、自分がどういう人生を送るのかを考えて、自分と向き合うことで将来の不安を取り除くことができると思います。
「陸上しかやってこなかった」とよく言われますが、スポーツの経験は確実に自分の財産になっています。一生懸命取り組んできたことを活かすことが大切ですし、「これまでやってきた」という思いは次にチャレンジすることの自信に繋がります。
自分と向き合い、スポーツ経験を活かしてほしいです。私も次のステージで頑張ります。