スポーツの経験がビジネスで活きるとき ~星野リゾート代表 星野佳路~
GUEST:星野佳路
1960年生まれ。慶應義塾大学を卒業後、米コーネル大学ホテル経営大学院で修士課程修了。1914年に創業した星野温泉旅館の4代目で、1991年星野温泉旅館(現星野リゾート)代表就任。長野県出身。
※写真提供:星野リゾート
【星野リゾート】https://www.hoshinoresorts.com/
2001〜2004年にかけて、山梨県の「リゾナーレ八ヶ岳」、福島県の「アルツ磐梯」、北海道の「トマム」とリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年「星のや軽井沢」を開業。
現在、運営拠点は、ラグジュアリーブランド「星のや」、温泉旅館「界」、リゾートホテル「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の 5 ブランドを中心に、国内外48カ所に及ぶ。2013年には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。
2021年、星野リゾートは創業107周年を迎え、2020年には「BEB5土浦(茨城県・土浦市)」や「星のや沖縄」など、新たに5施設を開業。
※本記事はnote移行前の旧SPODGEから2021年5月10日に掲載した記事になります。
ビジネスとスポーツ
ー星野代表は学生時代アイスホッケー部に所属していたとお聞きしました。ご自身のスポーツ経験が仕事において活かされていると実感される部分はありますか?
体育会の世界が学生に与えているものは何かを考えると、「自分自身で設定している限界を超える力」だと私は思っています。
もともと考えていた自分の限界を遥かに超えたパフォーマンスをした経験が部活動の中で何度もありました。この体験は仕事面で大きく影響していると思います。仕事においても、自分たちの限界や出来る範囲を狭く思い込んでいると思います。
私はどんなに大変で苦しい時でも、「大丈夫、超えることができる」という変な自信を持っています。それは、「私ならできる」という自分を信じる力をスポーツから学んだことが大きいです。
ー経営者という視点ではいかがでしょうか?
星野リゾートはケン・ブランチャード理論を教科書として、フラットな組織文化を築いています。このケン・ブランチャード理論の書籍を読んだ時に、チームスポーツと非常に似ていると衝撃を受けました。
私が取り組んだアイスホッケーは、監督やコーチの指導のもと、試合に向けて作戦を立てます。しかし、試合が始まれば作戦通りにはいきません。なぜなら相手がいるからです。試合は予想外のことばかりが起こります。その場合、現場で戦っている選手が自ら考えて行動するしかありません。
この感覚はサービス業と非常に似ていると思います。例えば、夕食の配膳を行っている時にお客様からの要望やご指摘に対し、自分で考えて行動しなければいけません。
この考え方がケン・ブランチャード理論とスポーツは一緒だと感じた部分でした。
スポーツの場合、現場(選手)に意思決定の機会を与えていますが、会社になると現場の自由や意思決定の権限がなくトップダウンで運営している会社が少なくありません。
自分で考えて行動する為には、フラットな組織文化が必要だと考え、現場に権限を与えるべきだと思考し始めました。
自分で考え、発想し、判断する力に気付ける人財とは
ー自分で考えて取り組むという思考は、スポーツを取り組む中で自然に身に付く能力だと思います。
私は学生時代、勉強よりも体育会での活動を最優先にしていたので、そこで得られた感覚しかないまま、ビジネス理論や経営について学び始めました。学ぶことは多種多様ありましたが、その中でもスポーツチームを強くすることと、職場で良いチームを作ることが一致すると感じました。
良いチームを作る為には、先輩・後輩関係なく、それぞれが発想し判断することがビジネスにおいても大事であると理解することができました。これついては体育会経験者は感覚的に理解しやすいものであると思います。
ビジネスの場面でもスポーツから得た経験から理論をイメージすることができるので、理論が使いやすくなると思います。
ー理論として理解はしているけど、自分で考えて、発想して、判断することは教えて出来ることではないと思います。
このケン・ブランチャードのエンパワーメント理論に取り組むのであれば、トップマネジメントが会社にコミットしなければできないと考えています。
この理論は大事なことだとただ教えることはできますが、大事なことだと自分で気付くことは経験値がないと難しい。私がこれは大事なことだと気付けたのは、体育会時代の経験もあったからだと思います。
ー体育会の経験と理論がうまくマッチしたのでしょうか?
そうです。
理論を学ぶことはスポーツで例えるならば、スポーツの基礎を学ぶことと同じだと思っています。
スポーツ経験を通して学んできた、チームを強くするために活動した感覚と組織の理論は合致するところがあって、理論を活用しようと思った時にスポーツ経験者は力を発揮すると思っています。
心理状態も含め、超えなければいけない限界や出てくる問題に対して対応する経験をしています。
自分たちが正しいと思える取り組みを
ー考える力はスポーツ経験者なら気付きやすいというお話ですが、スポーツ経験者以外の方に気付かせるようなアドバイスなど行っているのでしょうか?
経営者としての理論を伝えています。
そもそも、現場のスタッフはもともと良いサービスを提供したいという想いを持っています。サービス業に従事している方は、顧客が喜ぶことを考えているはずです。そして、どう対応すれば喜んでもらえるのか理解しています。
ただ、顧客が喜ぶことに踏み出そうとすると、予算や権限、組織の縄張りが自由を阻む場合があります。
それを取り払うのはケン・ブランチャード理論のポイントです。
フラットな組織を作ろうとコミットすれば理論は浸透します。特別なことをしているわけではありません。スタッフ一人ひとりがお客様に喜んでもらいたいという気持ちを行動に出す自由な環境が大事です。
ルールや作戦がある中、最後は相手を見て点を取る為にやるべきことがあります。チャンスの時に攻め込む自由がないと点は取れません。ルールはありがながらもチャンスに攻め込む自由を持つ。この意識を持つ組織こそ、ケン・ブランチャードのリーダーシップ論です。
ーフラットな組織やスタッフに自由を与えるとありますが、一方では、星野リゾートでは会社全体を禁煙にしました。
生産性のことを考え全社員禁煙を命じました。喫煙者は休憩時間の頻度が多くなるため、そこに対する不公平さを社員が感じていました。加えて1993年頃から受動喫煙の問題がありましたが、従業員の休憩スペースに十分な喫煙スペースを確保することができませんでした。
そういう事であれば採用段階で煙草を吸わない方を採用した方が様々な問題がクリアにできると考え、喫煙者の採用を控えることにしました。
当時、3割ほどの社員が煙草を吸っていましたが、禁煙に向けたプログラムを会社が負担して取り組んでもらいました。すると、いつの間にか喫煙者がいなくなりました。
ー結果的に、お客様の喜びに繋がると思います。こうした新しい取り組みは受け入れるまでに時間がかかりますし、時には波風が立つと思います。こうした中で、社員の意見を聞き入れる基準などはあったのでしょうか?
気にしないと言い切れるのは自分に自信があるからです。批判は必ずあります。そして、批判が気になって不安になるときは自分に自信のない時だと思います。煙草の件以外でもそうですが、私たちが「正しいと思える取り組みだ」と自信がある時は気になりません。
何を持って「正しいこと」とするかというと、経営者にとっての使命である「会社を潰さないこと」「社員とその家族を守ること」だと思います。
星野リゾートは107年の歴史があり、私で4代目になります。私の使命は売り上げを伸ばすことよりも企業を続かせること、駅伝で例えるなら、一位獲得よりも完走することが大事だと思っています。
その観点で考えて、そこの軸に沿っていれば自信を持って判断しているうちに、周りを気にしないようになりました。
努力し、納得し、限界を超え、そして、やり抜く
ー自分を信じるということですね。スポーツをする上でも大切なことです。話が変わりますが、現在、星野代表が取り組んでいるスポーツはありますでしょうか?
今はスキーだけ取り組んでいます。
週末アイスホッケーをやろうと募っても、なかなか集まらないですからね(笑)
スポーツを続けることは、私にとって大切なことです。そして、生涯できるスポーツに取り組むことが大切です。それが私の場合スキーでした。
旅との関連性もありますし、家族や同僚を誘って楽しむことができます。今は年間60日ゲレンデで滑っています。
日数にコミットしている理由は、今でも進化し続けているからです。スポーツは、進化したい、うまくなりたい、という気持ちがなければ続けられません。スキーは人と比べることがありませんし、自分の技術を磨くことに専念ができます。
また、スキー場の再生案件として、2003年に「アルツ磐梯」、2004年には北海道の「トマム」のプロジェクトに取り組みました。その時に、星野リゾートの将来ビジョンを決定する上で、国外のスキー場の最新事例を見て回りました。そこには、私が知っているゲレンデを降りてくるだけのスキー場ではなく、幅広い世界が広がっていました。
バックカントリースキー(雪山を自分の足で登りスキーで滑り降りるアクティビティ)も盛んで、世界のスキーの変化を目の当たりにしてから、スキーに対して更に興味を持ち始めました。昔は速く、きれいに滑るだけでしたが、スキー板やブーツ、ウェアなど技術的な進化があり、自分の技術もより進化しています。
進化こそ、一番のスポーツの楽しさだと思っています。
ー目標を持って取り組んでいるのですね。過去を振り返り、体育会の活動の中で目標を見失いかけた時はありましたでしょうか?
私はラッキーでした。毎年チームが強くなり、4年の時はリーグで優勝しました。その時気付いたことは、「もう少し頑張れば勝てる」と思ったときにチームが結束するということです。この経験から、チームにとって達成の可能性が低い目標を掲げるのはチームのためにはならないと思いました。
どんなに弱いチームでも達成できる目標は設定できます。達成できる目標を設定して、そこに向かって皆が結束することが大切です。
達成の可能性が極めて低いのにも関わらず、優勝を掲げるチームも見てきました。そういうチームは次第にバラバラになります。
ビジネスも同じで無理な目標を設定してもチームのやる気は出ません。
頑張れば達成できる目標、モチベーションが上がる目標、周りができないと思っていても自分たちができるという目標を設定することが大切です。
ー達成できる目標を設定する文化を作る他に、強いチームに共通することはどのようなことでしょうか?
色々な能力を持った人がいるチーム、つまりダイバーシティなチームであれば、組織としても会社としても強いです。議論するときも様々な価値観、意見があり、その考えに触れることが大切です。
特にリゾート運営は食事、サービス、健康、財務、経理など多岐にわたります。ダイバーシティという多種多様な能力、価値観を持つチームが切磋琢磨し、達成できる目標に向かっていく時が一番強いチームだと思います。
ー最後に、スポーツに取り組む方へメッセージをお願いいたします。
人生やキャリアにおいて結局のところ、自分との戦いになると思います。もっと練習しておけばよかったということもあるでしょう。戦う相手は色々ですが、最後は自分自身です。それを教えてくれるのがスポーツだと思っています。
つまり、自分自身がどれだけ納得して、練習して、努力して、限界を超えたのか。それが自分自身の成長に繋がります。
人生はいろんな苦難がありますが、それを乗り越えていく自信を持つためには、やり始めたスポーツはやり遂げる。自分が納得して次のステップへ行く。それがないと他にも妥協してしまいます。
よく大学でスポーツを辞めて勉強や資格を獲るという方がいますが、スポーツを続けることは、長い人生を考えるとマイナスではないと思います。
それぞれが納得したアスリートライフを完結することが自信に繋がります。
始めたスポーツをやり抜く。チームの目標もあると思うが、自分の目標を設定し、納得してやり切ったと思えるようにしてほしい。
それこそ、人生の困難を迎えた時に、困難を乗り越える自信を与えてくれる糧になります。