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スポーツは障がいの壁を越える。~パラ卓球選手 宿野部拓海さん~


GUEST:宿野部 拓海(しゅくのべ たくみ) 

パラ卓球選手。脳性まひにより、生まれつき手足にまひがある。大分県別府市の社会福祉施設『太陽の家(http://www.taiyonoie.or.jp/)』職員であり、日本体育大学大学院生として研究に励む。2018年アジアパラ競技大会 団体戦銅メダルなど数々の実績を持つ。 

※本記事はnote移行前の旧SPODGEから2020年9月10日に掲載した記事になります。



コーチと一緒に歩んできた卓球 

 
―デュアルキャリア(スポーツと仕事の両立)として活躍する宿野部さん。パラ卓球との出会いを教えていただけますでしょうか? 
 
僕が最初に始めたスポーツは水泳でした。 
 
脳性まひにより、生まれつき両手両足にまひがあり、体に負担がかかるスポーツが出来ませんでした。また、喘息を持っていたので、心肺機能を高めるために水泳を選択しました。 
 
それからは、サッカーなどいろんなスポーツにもチャレンジしたのですが、チームスポーツの場合、周りに迷惑をかけてしまうことや、体に大きな負担がかかるのでドクターストップをかけられてしまいました。 
 
やりたいことができず挫折を味わいました。 
 中学生になった時、医者からは激しい運動を止められていましたが、マネージャーでもいいから運動部に携わりたいと思ったんです。

小学 5 年生の時に自宅のテーブルを使って遊んだ卓球がすごく楽しくて、卓球に興味を持っていました。  
いろいろな先生に相談をしたところ、卓球部顧問の先生が快く受け入れていただけて、プレーヤーで入部する事ができたんです。 

医者のドクターストップを押し切るカタチになりましたが、入部することができて本当に良かったと思っています。 

―人生の大きな転機ですね。そこから長く卓球を続けられた理由はなんでしょうか? 

顧問の先生や関わってくれたコーチが僕の体を理解してくれて、体の状態に合わせたトレーニングメニューを考えてくれました。

理解してくれる人が身近にいたことが、今まで続けられた一番の理由だと思います。 

―ここで、改めて宿野部さんの障がいについて教えていただけますか。 

僕の障がいは、生まれつきの脳性まひという障がいで両手両足に機能障がいが出ています。 

脳からの神経伝達が遅く、瞬発的な動きが苦手です。例えば、左側にボールが来ていると頭では理解していても、動作には遅れが出てしまいます。 
特に難しいことは「力を抜く」ことなんです。 

スポーツでもうまく力を抜くことが必要なシーンがあると思いますが、少しだけ力を抜いて打つなどの微調整が難しいんです。  
卓球は瞬発的な能力が大事なので、障がいのために苦労している部分かなと思います。  

以前はコーチから「力を抜いて」という声掛けが多かったんですが、力を抜くことを意識すると逆に力が入ってしまうので、逆の足に力を入れてみるなど意識を別のところに向けるような工夫をすることで上手く力を抜いて打てるようになりました。 

ラケットに関してもあえて握りにくいグリップの物を選んで力が入らないように工夫しています。

実は、この障がいについて自分自身で理解できるようになったのは、ここ数年なんです。 

それまではがむしゃらにみんなと同じようにやってきましたが、自分のことが理解できるようになってからは、コーチにも体の動き方や力を抜くことが難しいと相談しながらやっています。 

完璧に改善が出来たわけではありませんが、コーチと話し合いながら動きの改善をしています。 

‟障がいが武器になる“パラ卓球の魅力とは 

 
―素晴らしいコーチ、そして環境の中で卓球に打ち込めているが分かりました!パラ卓球の特徴を教えていただけますか? 

まず、パラ卓球はクラス分けがあります。障がいの種類や程度、運動機能によってクラス分けされ、クラスごとに競技を行います。 

僕は 8 のクラスで、人口が一番多く、いろいろな障がいを持つ方が存在するクラスです。  

なので、いろいろな障がいの方と対戦できることが面白い特徴です。 
 

障がいによって有効的なプレー、そうではないプレーが分かれるので自分の障がいが「個性」として活きてくるんです。 

―障がいが自分の強みとなって活きるスポーツなんですね。 

そうですね!強くなるためには自分自身の障がいを理解しなければいけませんし、相手の障がいも分析した上で、対戦するスポーツなので難しいと思いますが、そこが魅力なのかなと思います。

例えば、高いロブボール(ふわっと浮いているボール)は一般的にはチャンスボールですが、足の悪い選手や車椅子の選手など、足の踏ん張りが利かない選手は打ち返すのが難しいボールなんです。 

あとは、右足の踏ん張りが利かない選手には右足側に高いボールを打つなど、戦略も相手の動きに合わせて考えるので、クラスごとに戦術が変わるんです。     

―ちなみに、卓球台の大きさやルールも健常者と同じルールなのでしょうか? 

卓球台の大きさは一緒です。 
健常者のルールと異なるのは、車イス選手の時だけサーブとダブルスのルールが少し異なりますが、それ以外は基本的に一緒です。 

なので、僕のように立ってプレーできる選手は完全に健常者の卓球と一緒になります。僕も健常者の試合に出場しています。 

障がい者、健常者問わず、同じ大会に出場することができることもパラ卓球の魅力かもしれませんね。 

―他のスポーツにはあまりない、いろいろな特徴をもっているんですね。東京パラリンピックはパラスポーツにとっても大きなイベントになると思います。 

僕個人としては、去年の国際大会派遣選手選考会で落選してしまい、選手としての出場は厳しい状況にあります。 

パラ卓球の場合、ポイントを加算していかなければならず、いろいろな大会に出場し、成績を収めなければいけません。 

ただ、目標はそこだけではないので、その先も目指してもっと挑戦していこうと思っています。 
とはいえ東京パラリンピックは、パラスポーツの発展という観点からすると、とても大きなイベントですし、パラスポーツを知っていただくチャンスだと思っています。 

(新型コロナウイルスの影響で)2021 年開催になりますが、皆さんの注目や期待を落とさず、パラスポーツに関わる選手たちがいろいろな情報を発信していく必要があると思いますし、僕も情報発信を行っていきたいと思っています。 

デュアルキャリアに対する想い 

―企業と選手、お互いの理解が必要ですよね。現在のお仕事を教えてください。  

大分県別府市にある社会福祉法人『太陽の家』の広報課で働いています。 
 整形外科医だった中村裕博士が障がい者の雇用促進のために創設した施設であり、日本の障がい者スポーツ発祥の地と言われています。  

そこで、障がい者スポーツの歴史や、障がい者の社会進出、自立について説明しています。 

また、現在はコロナで中止していますが、施設の見学に年間 4,500 人訪れるので、来訪者の方に案内をすることが主な仕事になります。 

―仕事とスポーツの両立をしていると思いますが、気を付けてることはありますか? 

「切り替えること」を大切にしています。仕事は仕事で大変ですし、悩むこともあります。でも、そのことばかりを考えていると競技に影響が出てしまうので、上手く自分の中で切り替えています。 

あとは練習時間の確保をするために、集中して時間内に終わらせることを意識していますね。  

―アスリートとしての変化はありましたか?  

実際にフルタイムで働いてみて、今まで自分の活動に使われていた資金やシステム、諸手続き等、法人が自分をどのように支えていたのかを知るきっかけになりました。  

休職した期間もありましたが、会社との関係性が希薄になる感覚がありました。 

身近に応援してくれている人がいることで、競技へのモチベーションも「頑張ろう!」とプラスに変わりましたし、誰かのために役に立っていると実感することができました。

自分のアスリート活動を見直すことができるので、デュアルキャリアを実践して良かったと思っています。 

―広報という仕事から得たことは、どんなことがありますか? 

いろんな人に法人のことを説明してきた中で、一般の人がパラスポーツとか障がい者にどういうイメージを持っているかを認識することが出来ました。また、障がい者に対する意識を改革していきたいと思えたことが大きいです。 

競技をしているだけでは、考えることがなかった部分にも想いを巡らせるようになったり、物事を深く考えるようになりましたね。 

―法人、仕事のつながりが宿野部さんを強くしているんですね! 

法人、社員とのつながりは僕の中で大きなモチベーションに繋がっていま
す。 また、(障がい者の同僚で)他の種目を経験した方とたくさん話したりできることも、競技にとってプラスに働くのかなと思っています。 

―応援してくれる人が身近にいることはいいことですよね。  

「自分が法人に貢献できることは競技の成績以外で何があるだろう」と今までは考えなかったことも、今では意識するようになりました。応援してくれる人と一緒に働きながら競技をやることでその答えを探しています。 

選手に寄り添った指導こそ、本当に必要なこと 

 ―宿野部さんはスポーツ、仕事に加えて、大学院で勉強もしているとお聞きしました。 

そうですね。今も日本体育大学でコーチングについて研究をしていて、博士課程取得を目指し、先生に調整いただいて、仕事終わりにオンライン講義を受けています。  

スポーツのコーチングを主に研究していて、僕の研究室では近年、指導者の体罰など問題になっていますが、指導者やコーチが考えを押し付けるような指導法ではなく、選手に寄り添って、パフォーマンスを上げていくことに着目したコーチングを研究しています。  

研究する中で、選手に寄り添う指導がいかに難しいかを実感しています。指導者も自分が持つ成功体験があって、自分が習ってきた指導とか「自分はこうやってきて成績が出せた」とかあるので、その経験や考えを伝えたくなってしまうんです。  

でも、一人ひとり身体のつくりが違いますし、体格によって得意、不得意もあると思います。  

そういったことに指導者が意識を置いて、選手に合った指導が重要なんです。  

―この考えは宿野部さん自身も経験が影響しているのでしょうか?  

冒頭でもお話した、僕を理解して、寄り添ってくれるコーチがいたから今まで続けられたと思っていて、実際にコーチングを学んで選手を理解すること、尊重することが大切だということを改めて理解しました。  

あとは、パラスポーツのように障がいを持つ選手へ指導するコーチたちは、障がい者はできること、できないことが顕著に見えるので、選手主体の指導が大事なんだと気付くきっかけになりやすいと感じています。 
だからこそ、コーチングに関しては障がい者だからこそ、役に立てる部分があると思っています。

パラスポーツを広げるために  

―パラスポーツをもっと広げていくために、宿野部さんが考えていることはありますか? 

パラリンピックなどの大きなイベントにより初めてパラスポーツの認知が広がるだけではなく、日常の中でパラスポーツが身近に在る状態を継続することが一番大事なことだと考えています。  

種目によっては一般の体育館で練習ができないものもありますが、僕のような卓球やバトミントン、あとは障がいの軽い選手は積極的に一般の体育館で練習して、パラスポーツが身近にあることを知ってもらいたいと思いますね。  

そう考えたのも、今働いている法人がある大分県別府市は障がい者のことが理解され、障がい者と健常者が普通に働き、生活しています。  

身近に障がい者がいることで、お互いが認知していて、自然と一緒に生活できる環境ができていると思います。 
 地道な取り組みですが、障がいの有無に関わらず、共生社会をつくることが大事になってくるだろうと思います。 

―スポーツをきっかけにお互いが理解し合える機会をつくることもできるかもしれませんね。  

そうですね。体育館などで僕を見かけたら「一緒にやりませんか?」と声を掛けていただきたいです。 
 一緒にやることは嬉しいですし、すごく良いことだと思っています。  

また、障がいのことは聞きづらいと思いますが、スポーツをやる中で「○○が難しいんだよね」と障がいについても自然と話せますし、皆さんも質問できるとおもいます。 
皆さんも積極的に声を掛けてほしいですね。

―なるほど。『障がい』のことを身近なものだと理解することが重要にということですね。最後の質問になりますが、宿野部さんの夢についてお聞かせ下さい。 
 

今までいろんな経験をさせてもらいました。スポーツや仕事、コーチングなど、自分が学んだ事は伝えていきたいと思っています。 

もちろん、パラ卓球やパラスポーツのことを知ってもらうことも嬉しいですが、障がいが特別なことではなく、身近にあることなんだということをまず知ってもらいたいと思いますね。  

障がいではなく、自分の個性として自分なりの工夫をしながら頑張っていることや生きていることを少しでも理解してもらえたらと思います。  

これからも卓球をはじめ、仕事も勉強も頑張っていきます!

―宿野部さん、ありがとうございました


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