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「自分と戦う道を選んだ」。パラローイング選手、有安諒平の挑戦。

GUEST:有安諒平

パラローイング PR3/杏林大学医学部・医学研究科統合生理学教室
15歳の時、黄斑ジストロフィーの診断を受け、視覚障がい者となる。
筑波技術大学で理学療法士を目指すと同時に柔道を始め、視覚障がい者柔道で強化選手に。
2016年に参加した「パラリンピック選手発掘プログラム」で、パラローイングと出会い、パラリンピックでのメダル獲得に向けて活動している。

※本記事はnote移行前の旧SPODGEから2020年8月7日に掲載した記事になります。


パラローイングとは?
どのチームが一番速くゴールするかを競うボート競技「パラローイング」。メンバーの布陣や相性で勝敗が分かれる戦略的な競技でもある。それが最も顕著に現れるのは、「PR3クラス混合舵手付きフォア」

引用:公益財団法人日本ボート協会

有安さんについて

―有安さんの生い立ちと競技との出会いを教えていただけますか?

僕は、アメリカで生まれ小学校から日本に来ました。視覚障がいの症状は、中学生の頃から目が悪くなってきたような感じがあり、高校一年生の時に病名がわかり、視覚障がいの認定を貰いました。その後、少しずつ視力が落ち、今は視野の中心が見えなくて、周りの視野で見ている状況になります。

スポーツは小学生の時にサッカーをやっていました。ただ、中学以降は視力低下により、殆どスポーツをしなくなり、高校時代はスポーツに触れることなく過ごしました。
キャッチボールなどの球技をすると、自分の目が悪いことを肌で感じてしまい、障がい者になったことを痛感させられました。その頃は自身の障がいを受け入れられていなかったのだと思います。

その後も、スポーツと距離を置く時期がありましたが、大学に入った時にパラスポーツである視覚障害者柔道と出会いやってみました。柔道を続ける中で、せっかくならパラリンピックを目指したいと意識するようになります。

しかしながら柔道に取り組む中で「投げ飛ばしてやりたい!」みたいな気持ちになれなくて、どちらかというと「自分と戦う」スポーツの方がいいなという気持ちがありました。

また、仕事や大学院の研究で柔道を続ける時間も確保できなくなり始めた頃、東京都で「パラリンピック選手発掘プログラム」というのがありまして、そのイベントに参加した時にパラローイングと出会いました。

パラローイングは、マシンを使えば一人でもトレーニングができることをお聞きしたので、いろんなことと両立しながら、地道にできますし、パラリンピックにも挑戦できそうと思ったので、興味本位でやり始めたのがきっかけです。

パラローイングと出会って、楽しいですし、パラリンピックへ出場するという大きな目標ができました。

今は、パラローイングを極めたいと思っています。

ご本人提供

―有安さんの障がいについて、詳しく教えていただけますか?

中学生の時、しばらく目が悪くて眼科に行き、色々と診察を受けていたんですけど、矯正視力(眼鏡やコンタクトを使用した時の視力)がうまく出なくて、その頃は医師から「心の問題だ」と言われたりもしました。
たしかに、見えたり見えなかったりする時があったので、はっきりとした診断が出ず、親も困っていたみたいです。そんなことを繰り返すうちに精密検査を勧められ、検査を重ねた結果、障がいがわかりました。

こんな経緯があったので、病名がはっきりしたことで救われた部分もあり、障がい者になったことを、頭を抱えて悩みこむようなことはありませんでした。

ただ、障がいが発覚した時が高校1年生だったので、友達がバイクの免許を取り始めたりする頃で、「あっ、そういえば視力の問題で免許は取れないんだ」と感じたときは、自分が障がい者になったと改めて感じさせられましたね。

性格的にそんなに沈み込む訳でもなかったのですが、何となくショックもありつつ、心が障がいを受け入れられない状態で、障がい者手帳を机の奥にしまい込んでいる時期もありました。
スポーツから距離を置いていたことも、黒板が見えないことも、配られたテストが時間内に読みきれない状況でも、それを誰かに伝えるとはっきりと障がい者になってしまう気がしたので、ごまかして障がいを受け入れずにふわふわっと過ごした1年間がありました。

―実際、どの程度見えていらっしゃるんでしょうか?

黄斑ジストロフィーという目の病気なんですが、見えているものの中心がガバっと穴が開いていて何も見えず、周りの視野が残されています。ただ、見えている部分(穴の周り)の視力も低く、例えば、道を歩いていてまっすぐ見ていると、自分の2,3m手前ぐらいのところでようやく近づいてきた車の存在を認識する程度です。

看板の存在はわかりますが文字が読めないとか、前から来る人が男性か女性かがよくわからないくらいの感じでボヤっとしています。

―障がいについて、人から聞かれることはどう思いますか?

聞かれることに対するストレスは全くないです。むしろ質問してもらえることで話せる機会ができます。僕もいきなりあった人に「このぐらい見えています」とか話し始めるのもなかなか難しいので、向こうから興味を持っていただいた方がお互いコミュニケーションが取れると思います。お互いに「どのぐらい見えている」と共通理解してくれることはすごく動きやすくなるのでとてもありがたいなと思います。

パラローイングについて

―パラローリングという競技の魅力を教えて下さい。

パラローリングは多様性のあるスポーツというところが魅力です。特に僕が乗っているクラスは、視覚障がい者と肢体不自由の選手が男女混合で乗っており、コックスは(運転手)は健常、障がいの有無を問いません。多様な選手達が同じ船に乗り協力して競い合います。

近年ではユニバーサルリレーなどのようなリレー形式の種目も始まり、多様性の高い競技も増えてきたと思いますが、同じ乗り物に、同時に乗り込んで行う競技は他にないかなと思います。

―確かに。めずらしい競技ですね。有安さんのチームはどんなチームですか?

レースごとに選考会がありましてメンバーが入れ変わる事がありますが、ここ一年ぐらい一緒に戦っているメンバーは、視覚障がい者の選手は僕ともう一人女性がいて、肢体不自由選手は男女一人ずついます。
視覚障がいの選手は、それぞれ障がいの度合いも見え方も違いますし、肢体不自由の選手においても障がいの種類が違うので、道具の工夫が違えば、体の動かし方も違います。なので、お互いを理解し合うことがすごく重要です。

今のチームは常にコミュニケーションを取りながらやっているので、良いチームになっていると感じています。

―コミュニケーションを取る中で有安さんが気にされている事はありますか?

最初に「障がいのことについて聞かれるのはどうか」と質問されたと思いますが、僕もチームメイトに障がいについて聞いています。
お互いどこが困っていて、どんな動きができないとか、何がしづらいんだということをお互い話し合いをしていくというのが重要です。
練習毎にミーティングを必ず設けて、お互いの動きを確認しながら理解し合い、絆を深めています。

ご本人提供

―パラローリングの魅力は、チームで力を合わせて競い合うといった特長がありましたが、他に面白くなるポイントはありますか??

国の特徴が顕著に表れるところはポイントです。ローイングは多種多様な選手が活躍できるというルール特性を活かして作戦を立てます。

例えば、コックス(舵取り役)が両足切断の選手を起用している国がありました。ボートは体重が軽い方が有利なので、足が無い分、有利にしている作戦かもしれません。あと、元兵隊で肢体不自由の選手が多いクルーがいたり、チームの編成は各国の特徴がでてきます。

コックスも各国のチームによって性質がちがいます。コックスは全体を鼓舞する役割もありますが、最初からフルスロットルで飛ばす人もいれば、最後になるにつれてテンションを上げていく方もいます。重要な役割な分、チームの色が出やすいと思いますね。

障がいの特性によって体の動き方が変わるので、目が肥えてきた人は、ボートの動きを見てどんな選手がどのような戦略で漕いでいるのか判断できるようになります。

片手で漕ぐ選手が多いチームは、漕ぎ手が左右に揺れるような動きをし易いですし、足の障がいが多いチームは上半身ががっしりしているので、正面からみてもあまりブレないといった特徴があったりします。

こういった特徴を見つけるともっと面白くなると思いますよ。

―なるほど。具体的に知ることで、より興味が湧いてきました!!普段はどんな練習をしているんですか?

クラスによって違いがありますが、僕は5人乗りクラスなので、5人いないとボートに乗ることができません。皆が予定を調整し練習機会を作っています。本当は一人でもボートに乗って練習をしたいですが、僕らは視力的に安全確保ができないので、一人での練習はできません。

普段は、エルゴメーターという陸上でボートを漕ぐようなマシンで黙々と漕ぎ続けています。おそらく、ボート乗りでこのトレーニングが好きな人はいないと思います(笑)

水上のトレーニングであれば、自然を感じながら練習が出来るので辛い中にも気持ち良さがあるんですが、室内でひたすらエルゴメーターをやる続けるメニューは、精神的にダメージが来ます。

最近は、オンラインでトレーニングをしていて、コックス(舵取り役)が声を掛けながらモニターで一人ひとりの動きをチェックしています。40分間エルゴメーターを漕ぎ続ける苦しいメニューもみんなと一緒なので、一人よりは楽しいです。

誰かの希望になるために

―アスリート活動以外にも、理学療法士や大学院で研究をするなど、多方面で活躍されていますよね!研究はどんなことをされているんですか?

神経生理学という分野の研究で、ざっくりというと脊髄とか脳の研究をしています。脳を刺激してどこが反応するとか、神経を刺激すると体の何処が動くとか、神経メカニズムの基礎医学の研究をしています。

元々、僕は理学療法士の免許を大学で取得して、筑波大学の研究機関に就職し、ロボットスーツの研究をしていました。大学が開発したロボットスーツを医療に適用できないだろうか?ということを調べるのが仕事でした。
そんな中で、リハビリが神経に作用する医学的メカニズムを突き詰めていきたい気持ちになりました。そこで、体の構造や神経の反応について深く知りたいと思って大学院へ進学しました。
理学療法士活動の延長線上みたいなものです。

―理学療法士への道はいつから志しましたか?

学生の時に、学校のプログラムで近くの老人ホームへボランティアに行くことがあり、毎週参加していました。皆さんとお話したり、遊んだりしている中で、運動指導をしている理学療法士の存在を知りました。

もともと、医療関係の仕事に興味があったんですが、視力の問題もあり自分が知っている範囲での医療関係の仕事は難しいと思っていました。ただ、理学療法士の場合、運動指導ならば多少見えにくくてもできると思って、目指すようになりました。実際に、理学療法士となった今はカルテの記入など細かい作業がありましたが(笑)

理学療法士は、パラローイング活動にも活きていて、本当によかったと思っています。チームメイトの体のことも、理学療法士だからこそ理解できることがありますし、トレーニングのアイデアやプランニングにも役立っています。

―有安さんの活動全てが繋がっていると感じました。

うまいこと繋がったなと思います。アスリート、研究者、理学療法士としての活動は大変ですが、会社側の理解とサポートがあり、競技時間もしっかり取れるような勤務形態にしていただけます。

ご本人提供

大学院に関しては、研究が最終過程に入ったので、入学当初よりも余裕ができましたし、パラリンピックに向けた挑戦にも支援してくれています。

―頭の切り替えが難しそうです。

競技のことばかり考えていると、なんとなく、脳みそも筋肉になっていくというか、考えることをやめようとしてしまいます。うまく、バランスを取りながら頭と体をつかっていますね。
コロナの状況で練習場が閉鎖し予定してたプランの練習が全然できなかったり、研究室には入れないなど、色々イレギュラーな状態が続いていますが、今は山梨に拠点を置いてトレーニングに集中しています。

―目指すはパラリンピックですね!

そうですね!追い続けている目標のパラリンピック出場、メダル獲得が現実味を帯びてきていると感じています。来年のパラリンピックまで1年間の準備期間があります。右肩上がりに自己ベストを更新しながら成長を続けているので、ベストのタイミングで勝負の時を迎えられます。

しっかりと成長してメダルを取りにいきます!

―心強いメッセージ!有安さんの活躍が楽しみです!研究や理学療法士での目標や将来やりたいことはありますか? 

人生の目標というと大げさに聞こえますが、僕が行動する根底には、病気や障がいになった人たちが少しでも早く楽になれたり、少しでも良い環境にできるように力を出していきたいなって思っています。

理学療法士、大学院の研究も障がいや病気の人たちに希望を与えられればと思っていますし、パラリンピックに関しても自分の障がいを受け入れるきっかけになったので、同じように悩んでいる人の希望にもなるかなと思っています。

一つひとつの可能性にチャレンジして、人の役に立てるよう今後も活動をしていきます。

―有安さん、ありがとうございました!


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