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1打数1安打より、10打数1安打!?元オリンピアンの大学教授が語るスポーツの価値とは

GUEST:若吉 浩二(わかよし こうじ)

大阪経済大学 人間科学部 人間科学科 教授
元水球選手。ロサンゼルスオリンピック代表として活躍。


現在最終日を迎えて盛り上がりを見せている福井国体の水球ですが、今回は、大阪経済大学の若吉教授にお話をお伺いしました。若吉教授はロサンゼルス五輪で水球のオリンピアンとしてご活躍されたのち、学問の道に進まれ、筑波大学から同大学大学院にて修士号、そして東京大学大学院にて博士号の学位を修められたのちに、現在も教育者としてご活躍されている、文武両道を体現されている方です。

※本記事はnote移行前の旧SPODGEで2018年9月13日に掲載した記事になります。


研究をはじめたきっかけ


―はじめに、若吉先生がご研究を始められたきっかけ、また内容に関してお話いただけますか?

「どうすれば人は速く泳げるのか」というテーマに興味を持ち、研究を始めました。
僕は水球をやっていて世界の国々を相手に戦う機会が数多くありました。
世界各国の選手と戦う中で、日本の水球が世界で勝つには、もっと素早く動けるようになりたい、またもっとスピードがある選手を育成していきたいと感じていました。

その思いから研究を始め、どうすれば速く泳ぐことが出来るのかを考え始めた時、まずは競泳のトップ選手が戦っているレースを分析することが必要だと感じ、研究を始めたのがきっかけです。

当時25歳だった私は、大阪大学で助手をしていましたが、研究費がない中で自身のボーナスを機材に注ぎ込み、東京まで機材を持ち運び、代々木オリンピックプールで撮影をしていました。

―機材はご自身のお給料で用意したのでしょうか?

自身のボーナスを投じ、レンタルで機材を集めたり、電線やコードを買ったりと、とても苦労しました。
昔のVHSビデオ機材はとても大きかったのですが、それを背中に2台、両手に1台ずつと4台もって実験に行って帰って、を繰り返していました。その研究は25歳で始めた研究でしたが、実は今でもその研究が続いています。

当時は、「そんなに大きな機材を持って何をしに行くんだ」と批判されたこともありましたが、長い間水泳のレース分析という研究を続けた結果、現在では水泳の世界のスタンダードにつながっています。

―素晴らしい一言です。熱意に頭が下がります。

私は、次に繋がる橋渡しとして研究を常に考えており、実際にその競技において役に立つことを念頭に置いています。研究の始めは、レースはどのように展開しているのかということに注力し、集めたデータを分析し、競技指導者・選手へフィードバックをしておりました。

そういった活動が徐々に認められて鈴木大地さん(ソウルオリンピック100m背泳ぎ金メダリスト、現スポーツ庁長官。元日本水泳連盟会長)、岩崎恭子さん(バルセロナオリンピック200m平泳ぎ金メダリスト)といったオリンピック選手のサポートに関ってきました。また、田島寧子さん(シドニーオリンピック400m個人メドレー銀メダリスト)は、私がサポートした選手の中で、実際にシドニー五輪で銀メダルを獲得してくれました。

研究者としての始めの20年間は、日本の競技力向上に集中してきましたが、45歳からは健康をテーマにした研究に注力しています。研究者として、今、私は第二のステージにいるということでしょうか。

若吉先生の研究内容


―ありがとうございます。研究に関して詳しくお話を伺いたいのですが、研究対象のサンプルとして記録を集めた対象は、日本人選手が中心でしょうか?

日本で世界選手権、パンパシフィック選手権等が行われていたので、日本選手に限らずデータを集めていました。

―骨格や運動性能など、人種による肉体の違いもあるかと思いますが、技術の差と身体の差、どちらが水泳のスピードにより影響しますか?

水泳選手向きの体型、骨格というものもありますが、地面を蹴った分だけ前に進む、作用反作用が原則となる陸上と違い、水泳の場合は、水の中での動作が基本であり、技術の要素が大きくなります。特に、平泳ぎや背泳ぎはより技術が求められます。反対に、クロールやバタフライは身体の差、骨格、手足の長さなどの差で、外国人選手が有利となります。

―平泳ぎが一番技術を必要とするのですね。

平泳ぎは、一度水をかいた手を戻すため、抵抗を大きく受けやすい泳法となります。抵抗を減らす泳法を実践するには技術が必要ですね。

―水泳と他のスポーツの違いは?

日本のスイミングスクールは、子供にとって達成感や有能感を伝えやすい、教えやすいスポーツだと考えています。スイミングスクールには通常進級制度があって、一つ一つ出来ることが増えた時に、褒めてもらえたり認めてもらえたりする機会があります。こういった達成感や有能感の継続は、自己肯定感の成長に大きく繋がるのではないかと思います。

―確かに、水泳では褒められることが多かった気がします。

自己肯定感や達成感は子供たちが学ぶ上でとても大切な要素です。スイミングスクールの進級制度は、泳げる泳げないではなく、やればできるようになるんだ、という有能感を与えることに繋がる素晴らしい仕組みではないでしょうか。

―企業のマネジメントにも通じるお話に感じます。

私も自身のゼミの学生が何かを成し遂げた際に、しっかりと「よくできたね、やれば出来るね」という言葉を使いたいとは思ってはいますが、一方でなんでも褒めて良いわけでもないので、なかなか常に実践は出来ていないですね。

―他に学生を指導する際に気を付けていることはありますか?

常に創造的で自主的に取り組んでもらうようにしたいですね。私自身が常に創造的で自主的に過ごしたいと思っています。あれやりなさい、これやりなさいということは教育的な指導ではあるけれども、創造的なそして自主的な部分の成長が抑えられてしまう。

―学生に対しても、のびのびと主体的に考えてほしいと。

その通り。指導をする上で、なるべく学生には幅広く主体的に、自分で考えられる余地を残してあげたい。指導はするけれども考え方を狭めるのではなく、考える中で学生が自分の力で進んでいくことが出来れば、より創造的で活動的な大人になれる。現実としては、それで伸びる子もいれば、あれこれ指導して言わないとできない子もどうしても出てきてしまいますが。


スポーツをやってきた学生の特徴とは?


―スポーツをやってきた学生に強みはあると感じますか?

スポーツをやってきたことが将来武器にはなる。指導者によって様々だと思うが、厳しい指導者のところで頑張ってきた人はその環境の中で手に入れた武器を持っているだろうし、自由で創造的な環境で成長してきた人はそこで得た、また異なる武器を持っていると思います。

―スポーツをやってきた方の第二の人生として、スポーツを引退された後も活躍されている方に共通するような資質や性格などがあれば教えてください

失敗をしても挫けずに挑戦し続けた経験を持っていることだと思います。

私は、常に学生に対して、1打数1安打よりも3打数1安打、3打数1安打よりも10打数1安打の方が楽しいんだよ、と伝えています。
失敗、うまくいかないことがあることが人生当たり前なのですから、そのうまくいかないことを楽しめるということは非常に重要です。そして、それはチャレンジした回数が多ければ多いほど学ぶ機会がある。スポーツの教えてくれる大きな価値の一つだと思います。

―成功だけを求めるのではなく、失敗を怖がらずなるべくたくさんの挑戦をするべき?

10打数1安打は、9回凡打かもしれないけど、9回の機会の中で生まれる経験、みんなとの学び、みんなと切磋琢磨して過ごす貴重な時間や思い出にもなる。
成功することは素晴らしいことだけれど、失敗の中にも楽しさを見つけて、うまくいかないことも自分を豊かにしてくれるものだと気づかないといけないと思う。スポーツをやっていた人達は、決してみんな良い思い出ばかりを持っているわけじゃない。うまくいかない中に楽しみを見いだせる人は強いし成長力がある。

―スポーツをやっている子供達は、知性が伸びやすいという話もありますが。

例えば野球をしていて1アウト、ランナー1,3塁の場面、ショートを守る自分のところにボールが来る。この場面、ショートの選手が考えなければならないことはものすごく複雑。何が起きるかわからない中で、その場その場の状況判断が必要になる。そういった本気で考える機会を常に経験出来るということは大きいと思う。

―状況の認識、次のアクションの場合分け、起こる確率、起きた時なにをすべきか、ということを常に考えながら判断していかなければならないと。

日本のスポーツ指導者も、スポーツをしながらも、学生が頭をうまく使えるようにコーチングするスキルが求められてきていると思います。その辺りは日本のスポーツ界において、まだ成長の余地があるかと。


スポーツと教育の関係性


―日本では、スポーツは競技というよりも、教育という見地に立って語られることがありますが、スポーツと教育の関係性について先生はどのようにお考えでしょうか

確かにスポーツには学びという側面がありますが、スポーツをする上で第一に来るべきことは、「強くなって勝つことにこだわる」ことだと思います。上を目指す中で、自分の足りないものを理解し努力をする、皆と力を合わせて、どうすれば強くなって勝てるのか。このプロセスの中に、学びとしての役割があるのではないかと思います。学ぶためにスポーツをするのではなく、スポーツをして強くなりたいと思う、そして、強くなるためには必然的に学ぶことが必要になります。

―若吉先生ご自身も水球という競技の中でオリンピックという舞台に出られたわけですが、どのような部分がご自身のスポーツ選手としての成功につながったと考えていますか?

自分がチームの中で求められているのはどのパーツなのか。チームの中で自分しかできないことをつくる、絶対的なオンリー1になれば、自分はチームに必要とされる。絶対チームの中で、他人に負けないことを探し追究したことが良かったと思います。

―若吉先生にとってそれはなんだったのでしょうか

チームで一番トップスピードがあったことや、カットインプレーなど自分より大きい選手に対してもうまく回り込んでパスをもらう、アシストをするといった部分は負けていなかったと思います。

―2020年には東京オリンピックがありますが、日本でのオリンピックを通して、日本のスポーツがこういう風になれば良いなという思いはありますか?

先日、岩崎恭子さんが話していましたが、アメリカではオリンピックに出た選手が、大会後に弁護士になったり医者になったりと、その後も異なる領域で活躍しているという現状があります。スポーツは自分を成長させるための一つの機会であって、人生のゴールや全てではないと。

―そういう社会を作っていきたいと?

今は、慶應大学のラグビー部も医学部の方がキャプテンをしている。そういう時代なんだなと。

―ニュースになっていましたね!

これからそういう時代が来るし、そうならないといけない。スポーツ推薦で大学に入り、全然勉強をしないということはやはり問題だと思います。

―オリンピックに出て、そのあと研究者として活躍されている若吉先生がおっしゃることに重みがあります。

推薦で大学に入ってきた学生さんも後で、スポーツを通して学ぶ力をつけていけたら良いと思います。部活でスポーツさえやっていれば良いという風潮の下に体育会が存在するのであれば、今後スポーツ推薦という制度を考え直す必要も出てくるのではないかと思います。スポーツに優れた学生が大学に入り、スポーツや学業を通して自身を成長させていく姿が周りの学生たちにも良い刺激になる、そういった体育会になっていかないといけない。

―おっしゃる通りですね。今後も若吉先生のように、競技者としても、指導者・教育者としても異なるフィールドで御活躍されている方々に、引き続き焦点を当ててお話を聞いてまいりたいと思います。

スポーツの価値を皆で高めていきたいですね。


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